なぜに調律は奥深い? | 新堂隼人、ピアノ製作者のブログ in ドイツ

なぜに調律は奥深い?

「ピアノの調律は奥が深い」

という話をよく聞きます。なぜそう言われるのでしょうか。


一般的な調律と言えば、

「基準のa¹を例えば440Hzに、その1オクターヴ下のaを調律、それから1オクターヴを平均律に割り振る。それらの音を使って、低音、高音の各方向に1オクターヴずつ揃えていく。」

という流れです。


この調律という仕事に奥深さを持たせている、「インハーモニシティ(非調和性)」のお話をしたいと思います。

「インハーモニシティ」とは何かと言うと、これは弦楽器にのみ起こる現象で、本来なら基音に対して整数倍で現れるはずの倍音が若干高く鳴ると言うものです。

例えば、基音がa¹(440Hz)であれば、本来の倍音は整数倍で880Hz、1760Hz…と鳴るはずなのですが、ピアノ弦には「Steifigkeit(シュタイフィッヒカイト、剛性)」という力があるので、実際は基音に対して881Hz、1768Hz…と少し高い倍音が鳴っています。

この剛性は、ピアノの中音域はそれほどでもなく、低音域、高音域の弦ほど強いんです。
つまり低音域、高音域の音ほど「インハーモニシティ」が強く現れます。


どういう事かと言うと、最初のa¹を440Hzに合わせた時、理論上その1オクターヴ下のaは220Hzでなければならないのですが、実際はそれよりも低く調律されているんです。しかし倍音が高めに鳴っているので、人の耳にはきれいにオクターヴが調律されているように聞こえます。

最初が440Hzだから、1オクターヴ下は220Hz、そのオクターヴ下は110Hz…とテューナーを使って調律していくと、とても演奏のできないピアノになってしまいます。

インハーモニシティを計算して調律ができるテューナーもあるのですが、ピアノの大きさや設計によってインハーモニシティーは数値を変えて現れるので、全てには通用しません。


インハーモニシティは正確に計算することもできますが、大切なのは「調律師の耳」なんです。

スタインウェイ、ベーゼンドルファ、ヤマハ…どの会社もa¹の弦の長さが違います。(約4㎝もの差があるんです!)

なぜこんなに差があるのかと言うと、基準のa¹の弦が持つインハーモニシティ値によって、低音域、高音域のインハーモニシティ値が変化する、つまりそれを「きらびやか音」「温かい音」などと表現したりするんです。


少し長くなりましたが、まだ調律には秘密がたくさんあります。
また機会があればご紹介したいと思います。