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知財アラカルト

医薬、バイオ、食品、化粧品、一般化学、高分子などの化学系分野に関する知財判決(主として特許と商標)や知財報道を取り上げ、その要点をコンパクトにまとめると共に、その要点についてコメントを付し、皆様方のお役に立つような情報として提供していきたいと思います。

令和元年(2019年)8月29日大阪地裁26民事部判決
平成29年(ワ)第8272号 損害賠償等請求事件

 

原告:ハック

被告:時代健康研究

 

 本件は、被告の商品(そうめん流し器)は原告の持つ意匠権に抵触するなどとして、原告が被告に対して損害賠償請求等を行った事件に関するものです。大阪地裁は、被告の商品は原告の意匠権に係る意匠に類似するとして、原告の訴えを認めました。

 意匠の類似判断に際して、裁判所は、物品の2箇所の部分について、それぞれ公知意匠(公知の形態)と認定しながら、その組み合わせに新規な特徴を見出しています(いわゆる修正混同説を採用)。また、原告意匠権に対する被告の無効の抗弁に関しては、一事不再理の原則を介して裁判所は被告の主張を退けました。

最高裁HP:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=88911

 

[1]事件の概要
①原告の意匠権等

 原告の意匠権(本件意匠権)は、意匠登録第1551624号であって、意匠に係る物品の名称を「そうめん流し器」とする、下記に示すような意匠に関するものです。

 

 本件登録意匠は,上図のとおり,概略,そうめんを吐水口の設けられた上部から下部のトレイ部に流すためのレール部を有するという構成を備えています(以下、上部から下部のトレイ部に流すためのレール部を有するものを「ウォータースライダー型」ともいう)。また,原告は,本件登録意匠の意匠登録出願前から,ウォータースライダー型のそうめん流し器である「流しそうめん 風流」(原告旧商品)を販売していた。その後,原告は,同じくウォータースライダー型であるがトレイ部の形状を異にするそうめん流し器である原告新商品の販売を開始し,現在に至るまでその販売を継続しています。

 

②被告商品

 被告商品は、商品名「素麺物語」とする、下記に示すようなウォータースライダー型のそうめん流し器です。被告は、これを遅くとも平成29年3月3日以降、製造販売等を行っていました。

③意匠登録無効審判

 被告は,平成30年4月18日に特許庁に対し,本件意匠権の設定登録について,意匠登録無効審判を請求したところ(本件審判請求),特許庁は,平成31年3月20日に本件審判請求につき不成立とする審決をし(本件審決),本件審決は確定しました。

④主な争点

(1) 意匠権関係(争点1)
 ア 本件登録意匠と被告意匠の類否(争点1-1)
 イ 無効理由の存否(争点1-2)
 ウ 原告の損害額(争点1-3)
(2) 不正競争防止法2条1項1号関係(争点2)
・・・
(3) 不正競争防止法2条1項3号関係(争点3)
・・・

 

[2]裁判所の判断

 大阪地裁は、概ね下記のように判断し、被告商品は本件意匠権に係る意匠に類似するなどとして、被告商品の製造販売行為意匠権侵害と認定しました。

1 争点1-1(本件登録意匠と被告意匠の類否)について
(1) 判断基準
 登録意匠とそれ以外の意匠との類否の判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行う(意匠法24条2項)。この判断に当たっては,両意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様を全体的に観察するとともに,意匠に係る物品の用途や使用態様,公知意匠等を参酌して,需要者の最も注意を引きやすい部分,すなわち要部を把握し,要部において両意匠の構成態様が共通するか否か差異がある場合はその程度や需要者にとって美感を異にするものか否かを重視して,両意匠が全体として美感を共通にするか否かによって判断するのが相当である。
・・・
(3) 本件登録意匠の要部
ア そうめん流し器の用途及び使用態様
 本件登録意匠に係る物品であるそうめん流し器は,連結したレール部に上流から水を流下させて適宜そうめんを流し,レール部上を流れるそうめん又はトレイ部内を回転するそうめんをすくい取って食することができるようにしたものである。
イ ウォータースライダー型のそうめん流し器に係る公知意匠
 本件登録意匠の意匠登録出願前までに,ウォータースライダー型のそうめん流し器において,トレイ部の中央に流水プール型のように回転器を配置してプール部分を形成しているものが存在したことを認めるに足りる証拠はない
ウ 流水プール型のそうめん流し器に係る公知意匠
 本件登録意匠の意匠登録出願前において,トレイ部の周側面の具体的形状にはいくつかの異なる態様のものがあるものの,平面視したトレイ部の外形状が,上面が開口し,両端を半円形状とするトラック形の角丸長方形を形成し,その中央に上面が両端を半円形状とする角丸長方形から成る略直柱体の回転器を配置するという構成は,流水プール型のそうめん流し器の構成として公知であったことが認められる。
エ 検討
(ア) 意匠全体に占める割合
 本件登録意匠は,中央支柱部,レール部等から成る水路部及びトレイ部から成るところ,水路部のレール部が意匠全体に対して物理的に大きな割合を占める。
 したがって,レール部の形状は,本件登録意匠において特徴的な美感を生じさせ得るものである。
(イ) 需要者の関心
 本件登録意匠に係る物品であるそうめん流し器の用途からすれば,その需要者は,家庭等で流しそうめんを楽しもうとする一般消費者であると認められる。かかる需要者は,その使用態様に鑑みれば,そうめんの流れ方やすくい取りやすさに主に関心を持つと考えられるから,基本的には,真上や斜め上から見た水路部のうちのレール部及びトレイ部内部の形状に注目するものといえる。
(ウ) 公知意匠の参酌
a もっとも,本件登録意匠の構成態様と原告旧商品意匠の構成態様を対比すると,本件登録意匠のレール部の形態は,原告旧商品意匠のレール部分の形態に見られる構成である。
 また,本件登録意匠のトレイ部内部において周側面と回転器により形成されるプール部分の形状は,本件登録意匠の意匠登録出願前に公知であった流水プール型のそうめん流し器に係る意匠に見られる構成である。
b しかし,意匠においては,様々な要素の組合せから構成される全体としての視覚情報が最終的には意味を有するものであり,一部に公知意匠が含まれていても,他の要素と併存することで全体としては異なる意匠を構成することもあり得る。このため,意匠の要部の認定に際しては,公知意匠を参酌する必要があるものの,公知意匠が包含されることをもって,直ちにその部分を要部から排除すべきものではない
 前記イのとおり,本件登録意匠の意匠登録出願前から存在するウォータースライダー型のそうめん流し器には,そのトレイ部として流水プール型のそうめん流し器のような形状のものはなく,流れるそうめんをすくい上げることを楽しむことができる部分はレール部だけであった。他方,本件登録意匠の意匠登録出願前から存在する流水プール型のそうめん流し器は,それ自体で意匠として完成しており,レール部を備えたものはなかったため,流れるそうめんをすくい上げることを楽しむことができる部分はトレイ部だけであった。
 これに対し,本件登録意匠は,流しそうめんを楽しむことができる構成としてレール部及びトレイ部のいずれをも備えるという点で,その意匠登録出願の出願前にそれぞれ存在したウォータースライダー型及び流水プール型の各そうめん流し器の構成を組み合わせたことに特徴があり,これは,公知意匠には見られない新規な特徴といえる。また,需要者は,そうめんの流れ方やすくい取りやすさに関心を持つ以上,本件登録意匠の構成態様のうち,水路部のうちのレール部と回転器を有するトレイ部とが結合して成る形状に注目すると考えられる。
(エ) 以上によれば,公知意匠の存在を参酌しても,需要者は,本件登録意匠のうち,水路部のレール部と回転器を有するトレイ部とが結合して成る形状に注目すると認められる。すなわち,このような形状をもって要部と見るのが相当である。
(4) 被告意匠の構成態様
・・・
(5) 対比
・・・
イ 本件登録意匠の要部について
 被告意匠も,水路部のレール部と回転器を有するトレイ部とが結合して成るものであり,この点で本件登録意匠と被告意匠は共通する。この共通点により,両意匠とも,ウォータースライダー型及び流水プール型の各そうめん流し器を別個独立に捉えた場合とは異なる新規な構成を有するという印象を生じる。
ウ 本件登録意匠の要部以外の部分について
(ア) 意匠全体に対して物理的に大きな割合を占めるだけでなく,需要者が関心を持つレール部の形態については,被告意匠の構成態様は,ヘアピンカーブ状に湾曲後に僅かに凹弧状に湾曲しているか否かを除けば,本件登録意匠の構成態様と共通する。
 このうち,共通点は,意匠全体に対して占める物理的な割合が大きいことから,原告旧商品意匠のレール部の形態と同様の形態であるといっても,全体の印象に与える影響は大きいといえる。
 他方,差異点は,かなり注意を払わなければ認識し難いほどに僅かな差異であり,全体の印象に与える影響は小さいといえる。
(イ) 需要者が関心を持つトレイ部内部の形状については,被告意匠の構成態様は,回転器の上面の凹陥部の形状を除けば,本件登録意匠の構成態様と共通する。
 このうち,共通点は,トレイ部内部の形状の中でも需要者が特に関心を持つと考えられるそうめんが流れる流路の形状についてのものであることから,流水プール型のそうめん流し器に係る前記各公知意匠と同様の形状であるといっても,全体の印象に与える影響は大きいといえる。
 他方,差異点は,意匠全体に対して占める物理的な割合は小さいことから,全体の印象を左右するほどのものとはいえない
(ウ) そのほか,被告意匠には,①トレイ部の外形状,②水路部の上端部分における吐水口部分の形状及び③トレイ部における左方基端部の中央支柱が接続するブロック材状部材の嵌装の有無において,本件登録意匠と差異がある。
 このうち,①については,本件登録意匠及び被告意匠のいずれにおいても,真上から見た場合には水路部上端部分の皿状部材にその大部分が隠れる位置関係にあるとともに,トレイ部内部のそうめんが流れるトラック形部分の壁面を構成しない左方部分における差異であるから,流しそうめんを楽しむ際に需要者がさほど関心を向けない部分といえる。また,③については,トレイ部内部のそうめんが流れる部分に隣接するものの,そうめんの流れと直接的に関わるものではないことなどから,需要者がそうめん流しを楽しむ際に必ずしも関心を向けない部分である。これらのことから,①及び③の各差異点は,いずれも全体の印象に与える影響は小さいといえる。
 他方,②については,そうめんを流すための水が吐出される部分であり,そうめんを流す際に必然的に需要者が目にする部分ではある。しかし,当該部分が意匠全体に対して物理的に占める割合は必ずしも大きくはなく,また,需要者がそうめん流しを楽しむに当たって吐水口部分の形状に強い関心を持つとも思われない。したがって,②の差異点は,全体の印象に大きな影響を与えるものではない。
オ 以上の点を踏まえると,両意匠は要部を共通にし,需要者に対し,本件登録意匠の意匠登録出願前に存在したウォータースライダー型及び流水プール型のそうめん流し器とは異なり両者を組み合わせた新たなタイプのそうめん流し器であるという共通の印象を与えた上で,全体的に同様の形状をも備えているという印象を強く与えており,このような印象が前記差異点のもたらす印象により凌駕されるものではない。したがって,被告意匠は,本件登録意匠に類似するものと認められる。
・・・
 そうすると,被告による被告商品の販売等の行為は,本件意匠権を侵害するものである。
2 争点1-2(無効理由の存否)について
 被告は,本件において,本件意匠権の設定登録が意匠登録無効審判により無効にされるべき理由として3点を主張している。
 しかし,本件において本件意匠権の設定登録が意匠登録無効審判により無効にされるべき理由として被告が主張する新規性欠如1及び同2並びに創作非容易性欠如は,それぞれ本件審判請求の無効理由1~3と「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものといえる。
 被告は,特許法167条を準用する意匠法52条により,確定した本件審決に係る本件審判請求と「同一の事実及び同一の証拠」に基づいて本件意匠権の設定登録につき意匠登録無効審判を請求することができない。このため,被告は,本件において主張する理由により本件意匠権の設定登録につき意匠登録無効審判を請求することは,もはやできない
 意匠法52条が準用する特許法167条の趣旨は,紛争の一回的な解決を図るため,審決が確定した後に同一の当事者等が同一の事実及び証拠に基づいて再び審判を請求することにより紛争を蒸し返すことを許さない点にある。そうすると,同条に当たる事情が存するときは,意匠法41条が準用する特許法104条の3の「当該特許が特許無効審判により…無効にされるべきものと認められるとき」に当たらず意匠権侵害訴訟における同条の主張は認められないと解するのが相当である。
 したがって,本件意匠権の設定登録は,意匠登録無効審判により無効にされるべきものとはいえない

 

[3]コメント

①本事件は、意匠権の侵害抵触に関するものであって、本件意匠権の登録意匠と被疑侵害品意匠との類似性が主な争点になっています。

 意匠の類似判断に関しては、混同説、創作説、修正混同説といった学説がありますが、10年少し前に「登録意匠とそれ以外の意匠との類否の判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行う・・」との意匠法24条2項が新設されたことから、創作説は影を潜めていると思われます。当該規定が、純粋な混同説を謳っているのか、修正混同説を謳っているのかについては、諸説あると思いますが、新規性等の登録要件を踏まえると、公知意匠を参酌して要部を認定する修正混同説が妥当ではないかと思います。

 本事件でも、公知意匠を参酌して要部を認定し、被疑侵害品意匠との類否を判断していますので、修正混同説に基づいているように思われます。ただ、裁判所は、本件登録意匠について、当該物品の2つの部分について、それぞれ公知の意匠(形態)であるとしながら、意匠全体に占める割合が大きいこと、また需要者の関心(印象)を持ちやすいなどを理由にそれらを単純に排除せず、それらの組み合わせに新規特徴を見出し、その組み合わせを要部として類似判断を行っています。この点、一審・大阪地裁レベルですが、興味深いところです。尤も、このような公知意匠の組み合わせでも、その組み合わせに新規特徴があり、要部認定できるというのも修正混同説の範疇なのかもしれません。

②また、本事件では、無効の抗弁においても一事不再理(特許法167条)の原則が適用されることも判示されています。当然のようにも思いますが、特許法167条無効審判の請求ができない場合を規定しており、無効の抗弁が制限されることを直接的には規定していないことから、無効の抗弁が成立しうる可能性があり得るのかもしれません。当事者等が同じで、同一の事実・証拠に基づいていても、時間の経過や最新判例などにより、無効審判での主張が錯誤であり、その主張が審判官の審決形成に決定的な影響を与えた場合など・・・?。また、裁判所のスクリーニングを受けずに、特許庁のみの判断で審決が確定した場合でも無効の抗弁はできないのか、とった問題もあるかもしれません。

 

以上、ご参考になれば幸いです。