グループ・スーパーヴィジョン(その2) | 学白 gakuhaku

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精神科医 斎藤学のコラム

承前。イスラム教という父の母国の一神教にしがみついている中学生の話を聞いているうちに、私の心はチグリス川とユーフラテス川の間の湿地帯(メソポタミア)に発展した文明と宗教に向かって漂いだした。紀元前17世紀から同前10世紀の間のどこかで彼の地(アフガニスタン北部)の宗教伝承を系統だてたといわれているザラスシュトラ(ゾロアスター、ツァラトゥーストラ)のこと。彼が神々の中から最高神と選んだアフラ・マズダー。この神が体現する太陽と火への信仰は、同じ頃(紀元前13世紀)、エジプト第18王朝のファラオとして王権を振るったアメンホテプ4世(イクナートン)のアテン(アトン、太陽神)信仰(アテン一神教)とどこかで繋がっているのではないか、というような私の頭の中をかねてから徘徊している思念が湧き起こり、そうなると症例提供者の声も遠い世界から聞こえて来るようになるので、これはまずいと自分から声に出すことにした。

ユーラシア大陸の中央部メソポタミアから始まった(のかも知れない)一神教が、時と場所を替えてエジプトからインド北部までを覆ったこと。ユダヤ人たちが編んだトーラー(キリスト教徒たちの旧約聖書)が、イラン・インド神話と呼ばれるもの(始原神による造物と造人、洪水神話など)を受け継いでいること。そしてジグムンド・フロイトの最晩年の著作のひとつ『人間モーセと一神教(日本教文社、吉田正己 訳)』(『モーセという男と一神教』(岩波書店、渡辺哲夫他訳))のこと。この中でフロイトはモーセについて次のように大胆な仮説をたてた。まずイクナートンはテーベの神官たちの排除による一種の宗教革命を行なった。その際、移住民であるユダヤ人たちを重用したが、イクナートン死後の反革命の際に厳しい弾圧を受け、排斥された知事モーセが自分の領民たち(12氏族)を束ねて、カナンの地を目指したとフロイトは考えた。

更に、ここがこの論文の最高の読み所なのだが、シナイ半島での放浪(40年続いた)の中、モーセは引き連れた民衆によって殺されたこと。これがユダヤ12氏族(祭司集団であるレヴィ族を入れると13氏族)にとっての「父殺し原罪」となり、この原罪負荷がヤーウェ(エホバ)への信仰という戒律を絶対化したこと。結果として民族純化、異民族排除の選民意識をもたらされた。フロイトはエホバ(ヤーウェ)の出自にも疑いを持っていて、シナイ半島での漂泊の日々の間に、ローカルな一地域でだけ畏怖の対象であったような悪神、例えば神格を付された火山への信仰などの要素が、この唯一神の属性となっているのではないか、と書いていたような気がする。そのように考えざるを得ないほどにエホバは非情苛酷な神である。まさに自然がそうであるように。

その神を信じきること(戒律に厳密に従う生活を維持すること)をエホバは強い、モーセに始まる預言者たちが彼らの肉体と声で、戒律からの違反をとがめ続けた。南ユダヤ王国(紀元前6世紀)の頃には12氏族は2氏族(レヴィ族を入れれば3氏族)にまで減り、彼らもバビロン捕囚の憂き目にあった。しかしその間も戒律はまもられ、そのうちユダヤ民族という血族があるというより、ユダヤ教の戒律を守るということがユダヤ人と見なされるようになった。このことは、恐竜が鳥となって現存しているような発展であったと思う。



                  アテン神(Wikipediaより転載)


紀元2世紀初頭、ローマ軍によってユダヤ居留民地域が破壊され、ユダヤ人たちが四方へ逃散(ディアスポラ)するようになると、この戒律維持の姿勢が各地で摩擦を起こすようになる。戒律を維持することで生じる「選民気取り」が移住先の人々を怒らせ、ユダヤ人を迫害させるのだろう、とフロイトは考えた。そう考えていた時のフロイト自身も家を追われて、何とカトリック教会に匿われていた。迫害さえなければ、もっとも忌むべき場所であったカトリック教会に。

『人間モーセと一神教』(日本教文社、吉田正己 訳)という論文はモーセ殺し(父殺し)という原罪は、それ自体、民族的なトラウマ(心的外傷)体験)であり、ひとたび封印(抑圧)されても、現実生活の中に回帰(フラッシュバック)してくる。その際には自らが殺めた対象が、赦しを求めての帰依の対象にもなり得る、と言う。このモチーフはフロイト自身によるもうひとつの論文『トーテムとタブー』の繰り返しである。

あの時私が30分ほどモジャモジャ言っていたことを書いてみるとこんなことで、だからその場にいた10名の研修生にわかる訳がない。それなのになぜ、そんな話をするのか、と訊かれても答えられない。そのイスラム教の少年が、学校給食を食べられないとか、ラマダンの掟に従って教師たちを困らせると聞いて、勝手に湧いた感動が私の口を支配したのだ。

先刻、そのスーパーヴィジョン・グループで3つのことを考えたと述べたのだが、まだ゛2つしか書いていない。3つ目については次回。