てか、震災が無ければ、メンバーの合流は早かったのだが。

今回のメンバーは、中々、強烈。
で、新曲は、新曲だけでニューアルバム作れるんじゃないか、ってくらい、書き溜めてあるので、
このメンバーの方向性が確定次第、随時、出していく事になると思う。

Life
Ease
Wrench
Polish Remover
Equivalence

新宿URGA の12月31日まで間に合えばいいのだがね。
・・・滑り込みセーフで、20周年記念ライブっていう、ぶっちゃけひどい夏休みの宿題状態だ。

へん、いいよ。もう。

肉体のほうが、精神状態の変調のせいで、だいぶ、めためたにまいってるっぽいが
こんな精神を身に宿したお前の宿命ということだ。

いちいち、もう、悩むな。

さて、寝るべ。

Scrub Club Scene

1991年11月、Jason(Vo.G)とその周辺の友人たちによって、'Lucy In The Sea With Dynamite'を実験的にプレイ。その実験によって手ごたえを得たJasonが、翌1992年、Akihiro Inou(Ex Mama's In A Factory), Tsuneko(Dr) を迎え、Scrub Club Scene を結成。

ほぼ、リアルタイムに、グランジ・オルタナティヴに連動する活動を体現するその動きといい、当時、まだまだ、シューゲイザーとハードコアが乱立する状況下で、1993年頃には、下手すれば、日本一早い Lo-Fi をやっていたというその速度は、日本にはあまりに早すぎたといえる。

DNA や Sonic Youth、Dinosaur JR、Sebadoh、或いは、超轟音で Siouxsie And The Banshees や The Cure を荒々しく奏でるようなスタイルといい、
激しくチェーンソーのような音を立てるノイズ・ギターと轟音のファズ・ベースが、
小気味のいいドラムと共に、どこか人懐っこい楽曲をぐいぐい引っ張るスタイルは、1991年からの不変のスタイル。

1996年から1998年は、一旦活動を縮退していたが、1998年より再度、オリジナル・メンバーで活動開始。
プチ・インディ「Brain Pudding」を主催し、自主企画のチャージ・フリー・イベントなどで「反骨インディ精神」を発揮するが、2003年より再度活動を縮退。

2011年、結成20周年を記念し、3回目の活動再開。
定年時不安倶楽部 ~地獄変~


定年時不安倶楽部 ~地獄変~


定年時不安倶楽部 ~地獄変~
僕以外の歴代メンバーが、一人として在籍しないScrub Club Scene っていうのがゾクゾクする。
三度目の出撃にして、Scrub の本当の姿を作るだけの人たちに出会うことができるのだろうか?

奇しくも、あの曲が出来て20年経つこの時に、もう一度、チャンスが巡ってくる。
おそらく、自分の人生で、体力勝負をするには、ラストの瞬間。

悪銭、Cult Chicken CRACKeR にも、大きくこの動きが影響していくだろう。
完全な人格としての「ジェイソン」が復活しようとしている今・・・。

悪の字さん、風邪だいじょぶかー?