現在等HPにて開設されている、
http://queens-room.com/10th/
COMA-CHI 10th history
1. COMA-CHI以前~B-BOY PARK準優勝まで
家庭環境の不満に響いたロックやHIPHOP
HIPHOPを聞き出したのは中3くらいの頃。もともとロックが好きで聞いたり作ったりしてたんだけど、反骨精神あふれるHIPHOPに触れるうちに、当時自分が家庭環境に持ってた不満とかにドンドン響いていったんだよね。 私は1人っ子で小学校のときに両親が離婚して家庭環境がいろいろ複雑に変わって、家にいるのがずっと居心地悪かったのね。一人っ子だから他に言う人もいなくて、自分の中に溜め込む以外なくて。その時に書いてた歌詞とかマジ病んでて、明日にでも人殺すんじゃないかっていうくらいひどかった!そうやって書き出すことでデトックスになって殺さなかったんだろうし、そういう表現方法を持ってなかったら犯罪を起こしてたかもしれないくらい。その抑止力になったのがHIPHOPだったんだ。で、成長するとともに家に居たくないからクラブに行くようになった。
クラブ通いからすぐ活動スタート、フリースタイルへの目覚め
HIPHOPのクラブで、最初はシンガーとしてHIPHOPSOULみたいなことをやってて。でも、ラッパーのように2枚使いだったりループだったりブレイクビーツだったりの上で歌うっていう表現方法だったから、もちろんラップも取り入れてたんだよね。ラッパーではなかったけど。
でも、高3になるくらいのタイミングで病み過ぎて音楽辞めようと思って全部辞めた時期があるのね。1年間受験勉強に専念して、全部ゼロになって。その後大学受かって、自分の中で再出発しようってなった時に「やっぱりラップやってみたいな」って素直に思ったの。
で、昔の仲間がやってるイベントとかに顔出すようになって、そこにダメレコのメンバーが結構いて。KEN THE 390とかTARO SOULとかね。そのときフリースタイルも結構流行ってたから、輪の中に入って一緒にサイファーするようになっていったかな。
初めてフリースタイルやったときは、たぶんKEN THE 390とかダース(レイダー)さんだと思うんだけど、「最初はとにかく韻とか考えないで言葉をビートの上にのせる練習をしたらいいよ」って言われて。だから家でもずーっとビートをかけながら今思ってることとかを適当にラップしてた。外で言えないこととかね(笑)。歌詞としてラップを書くときはちゃんと韻を踏んでたから、自然にフリースタイルもできるようになったんだよね。
未だに覚えてるのは、フリースタイルすることで何かから逃れたくてやってたって感覚。何にもやらないとどんどん病んでく自分、そこから逃げ切る作戦がフリースタイルだった部分もある。病んでくそばから言葉にしちゃえばそこから逃げられるから。
依然として病んでたけど(笑)、その頃からはサイファー以外にもクラブでライブはたくさんしてたし、既存の曲にラップをのせてデモテープつくって渡して営業したりとかは普通にやってた。自主制作で「COMACHILLIN」っていうEP作って手売りしたりもした。これが実質最初にリリースしたCDかな(※10周年ライブ特典)。最初は“COMA-CHI”じゃなくて“MC REI”としてやってたんだけど、日本文化を取り入れた名前にしたいなと思ってCOMA-CHIとして活動し始めて。21歳くらいの頃かな。HIPHOPを知っていくうちに、自分のアイデンティティーについても考えるようになって“日本人なのに何やってんだろ”みたいな気持ちになったときがあって。ちゃんと日本文化を知るために大学でも勉強した。歌ももちろん歌ってたけど、ラップを主軸としてみようかなっていうタイミングだったんだよね。単純にラップやってておもしろかったし。当時R&Bシンガーっていっぱいいたし、自分がやらなくても素晴らしい人がいっぱいいるなっていうのもあって。でもラッパーの女の子はあんまりいなかったから、自分がもっと先陣をきっていけたらなっていうのもあったかもしれない。
(続く)