朝鮮との交渉、というより明との交渉であるが、そちらの話はまだ進展をみせていないようだ。

 殿下は、なんと今度は伏見に城を築き始めた。

 明の使節を迎えるのには京に近いほうが良いということであった。

 さらには、聚楽第を秀次様に授けたのと同様、大坂を殿下のお子である拾丸様にお譲りし、自らの居所としての城を新たに築こうという思いもあるようだ。


 昨年の夏、ご誕生された拾丸様は順調にお育ちだと聞いている。

 既に関白の地位は秀次さまにお譲りになられているが、ゆくゆくは拾丸様へ継がれるのであろう。


 とにかく、伏見の城の建設は早急に進められている。

 宇治川と淀川を結ぶ巨椋池を堀として工事が進められている。

 しかし、淀川を上ってくる諸国の船による材木などの輸送は、かなりはかどっている。

 つまり、京から二里ほどのところに港が出来ているのだ。

 どのような城、どのような町がこの伏見に出来るのか。

 私は期待せずにはいられない。