モンゴルといえば、多くの人は「草原」「遊牧民」といった牧歌的な風景や、モンゴル人力士の活躍から「相撲」をまず思い浮 かべるだろう。確かに、モンゴルには現在でもこうした伝統的な要素は色濃く残っているが、1990年代からの市場経済化の進展や、先進各国や国際機関から の経済援助などにより、社会・経済ともに大きく変容してきている。こうした変化をチャンスと捉え、モンゴル経済への興味が高まっている中小企業経営者もい るだろう。そこで今回は、モンゴルへの渡航経験も多く、同国ビジネスの実情に詳しい星野達哉国際化支援アドバイザーに、モンゴル経済の現状と、中小企業の 投資の可能性についてうかがった。



市場経済化の混乱が収束

 
「ひ とつはカシミアなどの毛織物です。1977年に日本の経済協力によりカシミア加工工場が建設されて以来、優秀なモンゴル人が長野県の信州大学などへ勉強に 来たり、技術者の研修生を日本に受け入れたりしてきました。そのためモンゴルのカシミア産業には日本の技術が大きく貢献しており、カシミアの品質は世界の トップクラスと言われています。このほか、世界第3位の埋蔵量を誇る銅をはじめ、モリブデン、石炭などの天然資源や、牧畜産品などが主な産業として挙げら れます。また、モンゴルというと、依然としてゲル(モンゴルの移動式住居)で生活する遊牧民しか思い描けない人も多いでしょうが、首都のウランバートルな どは想像以上に近代的です。例えれば“東欧の地方都市”といった趣きで、日本料理店やカラオケ店もあり、かなりの賑いをみせています。豊かな天然資源を有 するモンゴルは、決して“貧しい国”ではないのです」




東西冷戦時代は、ソ連(当時)の衛星国として社会主義体制 にあったモンゴルだが、1990年にソ連・東欧の民主化運動の影響を受け人民革命党が一党独裁を放棄、1992年にモンゴル人民共和国からモンゴル国へと 改称してからは、完全に社会主義と決別し民主主義・市場経済化に向けて舵を大きく転換している。それから14年を経た現在、モンゴル経済は成長軌道に乗り つつある。

「市場経済へ転換した際、モンゴル政府は国民に無償で土地を与えたり、外貨を完全自由化するなど、ドラスティックな政策をとり ました。その弊害から、1990年代は『混乱の10年』と言われるほどに、政治・経済・社会的に混迷を極めました。しかし、2000年代に入ってからは、 こうした状態もかなり落ち着いてきています。2004年の実質GDP成長率も10.6%と2ケタ成長となり、2005年も同程度の成長が見込まれていま す」

「政 治体制としては、社会主義時代から続く人民革命党と民主党の2大政党に加え、少数政党が数党存在します。人民革命と民主の両政党は政策的に大きな差はな く、『民主主義と経済発展に注力する』という点で共通しています。また、政治家達は30~50代が主流と若く、『政争よりも、具体的なアクションを起こそ う』という現実的な考え方を持っている若手政治家が多くいます。この若手政治家は、現行のロシア~ウランバートル~中国の鉄道路線から若干ルートを変えた 『第2鉄道』の整備と、遊牧生活から定住化を促進するウランバートル近郊での4万戸のマンション建設が当面の2大政策課題としています」

1ポイント
モンゴル経済は、1990年に民主主義・市場経済に移行した当初は混乱したものの、近年は10%を超える成長率を記録している。政府も外資誘導による経済発展を志向している。


モンゴルの主産業としては、どのようなものがありますか。
「ひ とつはカシミアなどの毛織物です。1977年に日本の経済協力によりカシミア加工工場が建設されて以来、優秀なモンゴル人が長野県の信州大学などへ勉強に 来たり、技術者の研修生を日本に受け入れたりしてきました。そのためモンゴルのカシミア産業には日本の技術が大きく貢献しており、カシミアの品質は世界の トップクラスと言われています。このほか、世界第3位の埋蔵量を誇る銅をはじめ、モリブデン、石炭などの天然資源や、牧畜産品などが主な産業として挙げら れます。また、モンゴルというと、依然としてゲル(モンゴルの移動式住居)で生活する遊牧民しか思い描けない人も多いでしょうが、首都のウランバートルな どは想像以上に近代的です。例えれば“東欧の地方都市”といった趣きで、日本料理店やカラオケ店もあり、かなりの賑いをみせています。豊かな天然資源を有 するモンゴルは、決して“貧しい国”ではないのです」

資源関連産業に大きな可能性

 1次産品関連が主要産業である現在のモンゴル経済だが、政府は積極的な外資の導入による経済発展を志向している。このため、モンゴルは制度面では外資企業が“進出しやすい”国であるが、その反面でモンゴル特有の事項には留意が必要だ。

外国企業がモンゴルに進出する際の受け入れ態勢は、どの程度整っているのでしょうか。

「モンゴル政府は、外国企業に対して『どんどん進出してきてください』というスタンスをとっています。外資企業の進出に関しては『外資法(Foreign Investment Law)』に取り決められていますが、原則
として業種の規制はなく、現地企業と競合する小口の流通業などを除いては独資での進出が可能です。さらに、外貨も完全に自由化されており、持ち込み・持ち出しともに制限がありません。制度面からみると、モンゴルは非常に進出しやすい国と言えるでしょう」

では逆に、モンゴル進出にあたってどのようなことが障壁となりますか。
「ま ず、人口が250万人と少ないことから、国内マーケットを狙ったビジネスは難しいと言えます。気候面でも、冬は零下40~50度まで気温が下がりますか ら、その間は建設などの屋外活動がストップします。また、市場経済に移行して日が浅いため、モンゴル人は組織で働くということに慣れていない面もありま す。おのずとモンゴルで展開できる分野は限定されます」

2ポイント
モンゴルは外資進出に対する規制が少なく、外資企業にとっては「進出しやすい国」と言える。その一方で、マーケットの小ささなどから、モンゴルで展開できる分野は限定的であるという側面もある。
具体的に、中小企業にはどういった分野にビジネスの可能性がありますか。

「企 業規模を問わず、目下は、先ほど挙げたモンゴルの主要産業に関連した分野、具体的にはカシミア原料や馬肉などの牧畜産品の買い付けや、毛織物の現地生産、 資源開発などが有望でしょう。なかでも日米の大企業が注目しているのが、南部のゴビ砂漠に眠っているとされる天然資源です。特に銅・原料炭は、埋蔵量も多 いとみられており、日本の大手商社が調査を進めています。また、米系メジャーもゴビ砂漠の石油に注目し、調査に着手しています」

「中小企 業にとって、初期投資に数億円もの資金が必要な資源開発に手を出すのは無理な話ですが、その周辺分野にはビジネスチャンスがあります。たとえば、モンゴル 最大の銅鉱山開発会社では、鉱山の採掘用機械の修理工場や、産出された銅鉱を原料とした銅線の製造工場を、ロシアや米国の企業と合弁で展開していますが、 さらに銅線を電線に加工する工場の建設を計画しているとのことです。このように、各種機器のメンテナンスや、採掘した資源の1次加工などの分野は、中小企 業にも可能性があるでしょう」

「1次産品関連以外にも、中古車の輸出・販売会社やタクシー会社を立ち上げたり、現地企業との合弁による温 泉開発やウランバートル郊外での住宅開発などを手がけている日系企業もあります。また、モンゴルの雄大な自然環境にひかれて、モンゴルを訪れる日本人観光 客も増えていますから、観光産業も有望でしょう」

3ポイント
中小企業には資源開発の関連分野に商機がある。カシミア、天然資源などに関連した分野では、すでに外資企業が進出している。そのほか、観光、サービスなどの分野でも外資の進出事例がみられる。
優秀な理工系の人材が豊富

 モンゴルの強みとして星野アドバイザーが挙げるのが、優秀な人材だ。モンゴル人の識字率は98%と非常に高く、大学進学率も20%近い。視察に訪れた中小企業経営者がモンゴル人の優秀さに驚くケースも少なくないという。

「あ る中小ロボット部品メーカーの例ですが、当初は中古自動車や中古OA機器の輸出から始めて、ゆくゆくは本業であるロボット部品の生産拠点を構えるという構 想を持って、現地を視察しました。このメーカーの社長はモンゴル人の優秀さに大いに感心し、3名を研修生として日本に呼び寄せました。実務のなかで彼らの 能力を再認識した社長は、『研修終了後も彼らと何かできないか』と考え、モンゴルに生産拠点を設ける決断を下したのです。このケースでは、日本からの技術 系企業の初進出ということで、モンゴルの最高学府であるモンゴル工科大学の一角を利用できるなど、モンゴル政府の全面的なバックアップを受けることができ ました」

「モンゴルは、モンゴル工科大学が国際的なロボットコンテストの『ロボコン』で上位に入賞するなど、理工系の学生のレベルが高い のです。モンゴル人の国民性として、非常に親日的で、『日本に学びたい』という姿勢が強いという面があります。国際研修協力機構(JITCO、URL: http://www.jitco.or.jp/)の研修制度などを利用してトレーニ ングし、日本で働いてもらうばかりでなく、モンゴルに拠点を設けて活躍してもらうということも考えられるでしょう」

4ポイント
モンゴルには、理工系を中心に優秀な人材が多い。JITCOの研修制度などにより技術者確保の一手段とすることも一考に値する。

そうなると、製造拠点をモンゴルに構えることも有望だということになりますか。

「モ ンゴルの単純労働者の賃金は50~100ドル/月と、ベトナムと同程度か少し低い水準にあるうえ、人材も優秀だということであれば、製造拠点になり得そう です。しかし、ウランバートル近郊では道路はかなり整備されつつありますが、全体的には未だ未整備です。電力についてはしばしば停電するなど、インフラ面 ではまだ問題があります。近代的な工場を設ける場合は、自家発電での電力確保などを考慮に入れる必要があり、かなりの重装備を覚悟しないといけません。組 立工場などの場合、現段階では中国やベトナムを選択したほうが得策かもしれません」

「また、モンゴルでは輸送手段も限られることから、日 本へ製造品を輸送するには主に空路を使うことになります。ですから、製造業で展開可能な分野としては、先程のロボット部品メーカーのように、空輸をしても コストを吸収できるような付加価値の高いもの――たとえば、医療機器や携帯電話の部品など―― となるでしょう」

5ポイント
モンゴルはインフラ面での問題などもあり、製造拠点としてはベトナム、中国のほうが優位性は高い。ただし、優秀な人材を活用して付加価値の高いものを製造するような分野では可能性がある。

ワンストップサービスにまず相談を

次に、より具体的に、モンゴルでビジネスを展開する上での留意点をうかがった。

――まず、現地法人を設立する場合に注意すべきこととしてはどのようなことが挙げられますか。

「出 資形態については、独資をお勧めします。現地の大手企業と合弁事業を立ち上げるのであれば問題はないのですが、優秀な現地の経営者と丁々発止のやりとりが できる人材が確保できない場合、合弁は難しいでしょう。また、モンゴル好きが高じて現地に定住したような日本人から持ち込まれるビジネスの話などには安易 に乗らないほうがよいでしょう。同じ日本人だからといって気を許してしまいがちですが、ビジネスプランが具体性に欠けていないかどうか、やはりきちんと精 査する必要があります」

――ビジネス慣習の違いなどについて教えてください。

「最も大きいのは、金銭感覚の違いです。モンゴルでは『借りたお金を返すのは損』という感覚の人もいるので、代金回収が大きな問題となることが多いようです。現金取引が鉄則です。相手を簡単に信用せずに、契約書はきっちりと交わすようにしましょう」

「また、モンゴルでは原則として外国人は土地を所有できません。土地を借りる際は、きちんと所有者が使用権を取得しているかチェックすることも大切です」

「ビ ジネスは大体英語で行われ、なかには日本語を喋れるビジネスマンもいるので、言葉についてはそれほど心配しなくて大丈夫です。モンゴル工科大学には日本語 学科もありますから、現地での通訳の手配も可能です。ただ、内容が100%通じない場合もあるので、重要な事項は言い回しを変えて何回か聞いて確認するな ど慎重を期したほうがよいでしょう」

――進出に際し、現地での相談窓口などはありますか。

「モンゴル通産省の傘下にある 外国投資貿易局(FIFTA、URL: http://www.investmongolia.com/)が、海外からの投資に関するワンストップサービスを提供しています。まずはこちらに相談 するのがよいでしょう。また、モンゴルは依然として法律が完備されていない面もありますから、各種手続きについては弁護士を活用することをお勧めします」

「モ ンゴルはBRICsなど他の新興国とは異質なマーケットであり、予想外のリスクやコストが発生する可能性が高い国です。ですから、閉塞感を打破するために 進出するというスタンスでは成功は望めません。自社の直面する問題を勘案し、モンゴルで何をやるかということを明確にしたうえで、メリットが取れると判断 できれば、進出を検討する価値は大いにある国だと言えるでしょう」