こんにちは!

 

さて自己イメージが悪いと自分には罰が下るのではないかという考えが起こったりします。

 

悪い事が起こればやっぱり、と思うのです。そして良い事が起こったとしてもそれを素直にエンジョイできない可能性もあります。

 

 

そうです。今日、テレビで映画を見ていました。ジェイムス・フランコ主演の映画です。

 

父親がとても難しい人でそれにより自分はとんでもない目にあったと思う作家が主人公です。

 

子供の頃の記憶がたくさん出てきてそれによって薬物使用に苦しむのですが。その記憶というのがいかに曖昧かなのです。

 

そうです。実は記憶というのは、脳と言うのは間違った事実を記憶するのですよね。

 

過去の記憶でこうだったと思う事があってもそれが他の人の記憶と違っているのは結構ある事ですよね。

 

自分の記憶が強固だと思うと他の人の記憶違いだったと思ったりします。

 

でもこれって本当に分からないのですよ。

 

さっきの話と同じで私たちの理解には私たちの潜在意識の中にある答えが大きく関係しているのです。

 

 

例えばあの時お父さんに殴られて本当に怖かった、お父さんは鬼のような顔をしていたと長年信じていても実はお父さんはとても心配していてその思いをぶつけていただけだったりします。

 

映画やテレビなどもそうです。子供の頃に見たものと今見るのでは印象が全然違います。

 

例えばいじめっ子にいじめられる主人公は本当に恐怖におののいていた、とかいじめっ子は悪魔のような顔をしていたとか。

 

そう言ったことは実は先入観によって全然違う印象となるのですよね。

 

この先入観があなたの潜在意識の中の信仰です。

 

 

私の個人的な経験ではある映画のあるシーンで女性が頑張ったのに鼻で笑われたと思ったシーンがありました。

 

数年前に見た時は確かにそう思ったのです。でも再度見てみると相手の男性は別に馬鹿にした感じはなくむしろ女性でしかも下っ端の彼女が大活躍した事に感心したような顔もしていたのです。

 

つまり女性が馬鹿にされたと思ったのは私の個人的な勘違いだったのです。多分、自分の先入観、女性だと馬鹿にされる事がある、という信仰がその当時にあったはずなのです。

 

でもそれがなくなったから再度観た時に違った感触となったわけでしょう。

 

 

私たちに起こる数々の出来事。その一つ一つが私たち見る者達の先入観によってどんな出来事だったのか決定されます。

 

 

つまり見ている絵や映像は同じものでも私たちの先入観がそのシーンを好きなように変えていきます。

 

それだけではありません。

 

例えば同じシーンや映像でも違うナレーションがついていたとしましょう。

 

とても深刻な場面なのに可笑しなナレーションをつけただけでジョークになります。

 

今はソーシャルメディアなどにも頻繁に出てきますよね。実際の映像にナレーションをつけたりまたは追加の映像をつけたりしておもしろおかしいものにする。

 

実はこれすごく効果的なのですよ。政治家や公人達もソーシャルメディアでターゲットとなり笑い者にされると仕事を続けていく事が困難になり失職する。

 

これってジョークではなく実際に起こっています。

 

 

でも逆手にとればどんなことでもジョークにしてしまう事が可能なわけです。

 

過去の出来事、本当にジョークにしてしまって笑い飛ばした方が良いような事、ありませんか。

 

過去の出来事も全てそうです。その出来事に対してどう感じるか、すなわちナレーションというのは変更可能なのです。

 

あなたはどんなナレーションが良いですか。それによってあなたの過去も数段明るいものとなるかも知れません。

 

こんにちは!

 

さて自己イメージが悪いと自分には罰が下るのではないかという考えが起こったりします。

 

悪い事が起こればやっぱり、と思うのです。そして良い事が起こったとしてもそれを素直にエンジョイできない可能性もあります。

 

 

そうです。今日、テレビで映画を見ていました。ジェイムス・フランコ主演の映画です。

 

父親がとても難しい人でそれにより自分はとんでもない目にあったと思う作家が主人公です。

 

子供の頃の記憶がたくさん出てきてそれによって薬物使用に苦しむのですが。その記憶というのがいかに曖昧かなのです。

 

そうです。実は記憶というのは、脳と言うのは間違った事実を記憶するのですよね。

 

過去の記憶でこうだったと思う事があってもそれが他の人の記憶と違っているのは結構ある事ですよね。

 

自分の記憶が強固だと思うと他の人の記憶違いだったと思ったりします。

 

でもこれって本当に分からないのですよ。

 

さっきの話と同じで私たちの理解には私たちの潜在意識の中にある答えが大きく関係しているのです。

 

 

例えばあの時お父さんに殴られて本当に怖かった、お父さんは鬼のような顔をしていたと長年信じていても実はお父さんはとても心配していてその思いをぶつけていただけだったりします。

 

映画やテレビなどもそうです。子供の頃に見たものと今見るのでは印象が全然違います。

 

例えばいじめっ子にいじめられる主人公は本当に恐怖におののいていた、とかいじめっ子は悪魔のような顔をしていたとか。

 

そう言ったことは実は先入観によって全然違う印象となるのですよね。

 

この先入観があなたの潜在意識の中の信仰です。

 

 

私の個人的な経験ではある映画のあるシーンで女性が頑張ったのに鼻で笑われたと思ったシーンがありました。

 

数年前に見た時は確かにそう思ったのです。でも再度見てみると相手の男性は別に馬鹿にした感じはなくむしろ女性でしかも下っ端の彼女が大活躍した事に感心したような顔もしていたのです。

 

つまり女性が馬鹿にされたと思ったのは私の個人的な勘違いだったのです。多分、自分の先入観、女性だと馬鹿にされる事がある、という信仰がその当時にあったはずなのです。

 

でもそれがなくなったから再度観た時に違った感触となったわけでしょう。

 

 

私たちに起こる数々の出来事。その一つ一つが私たち見る者達の先入観によってどんな出来事だったのか決定されます。

 

 

つまり見ている絵や映像は同じものでも私たちの先入観がそのシーンを好きなように変えていきます。

 

それだけではありません。

 

例えば同じシーンや映像でも違うナレーションがついていたとしましょう。

 

とても深刻な場面なのに可笑しなナレーションをつけただけでジョークになります。

 

今はソーシャルメディアなどにも頻繁に出てきますよね。実際の映像にナレーションをつけたりまたは追加の映像をつけたりしておもしろおかしいものにする。

 

実はこれすごく効果的なのですよ。政治家や公人達もソーシャルメディアでターゲットとなり笑い者にされると仕事を続けていく事が困難になり失職する。

 

これってジョークではなく実際に起こっています。

 

 

でも逆手にとればどんなことでもジョークにしてしまう事が可能なわけです。

 

過去の出来事、本当にジョークにしてしまって笑い飛ばした方が良いような事、ありませんか。

 

過去の出来事も全てそうです。その出来事に対してどう感じるか、すなわちナレーションというのは変更可能なのです。

 

あなたはどんなナレーションが良いですか。それによってあなたの過去も数段明るいものとなるかも知れません。

 

潜在意識なら何でも可能です!

 

今週はここまで。ニューヨーク時間での更新になっています。

 

また来週(と言うのは明日です)コラムでお会いしましょう。

 

素晴らしい週末を!