医薬用途発明の実施可能要件2 | 知財アラカルト

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平成29年(2017年)12月6日東京地裁40部判決
平成27年(ワ)23087号 特許権侵害差止等請求事件


原告:塩野義製薬

被告:MSD


 本件は、医薬用途特許に基づく侵害差止請求事件であって、原告の当該請求に対して被告は記載要件(実施可能要件、サポート要件)等により当該特許の無効を主張したところ、その抗弁が認められ、請求棄却(非侵害)となった事件に関するものです。

最高裁HP:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=87291

 

(1)事件の概要
①本件特許(特許5207392号)
 本件特許は、発明の名称を「抗ウイルス剤」とする発明に係るものであって、クレームは概ね下記の通りです。

「式(I)で示される化合物、・・・を有効成分として含有する、インテグラーゼ阻害剤である医薬組成物。」(本件発明1)

 いわゆる医薬用途発明に関する特許です。なお、本件特許は、分割出願であって、恐らく、原出願発明のうち、置換基RAをアミド結合のものに限定したものと思われます?。

 

②主な争点

・本件特許の無効性

1)実施可能要件違反、2)サポート要件違反、・・・

 

(2)裁判所の判断
 裁判所は、概ね次のように判断し、実施可能要件違反及びサポート要件違反であるから無効の抗弁を是認しました。

A 実施可能要件違反について

①医薬の発明における実施可能要件
 「実施」とは,物の発明においては,当該発明にかかる物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
 そして,医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。

②本件の検討

 本件についてこれをみるに,本件発明1では,式(I)のRAが-NHCO-(アミド結合)を有する構成(構成要件B)を有するものであるところ,そのようなRAを有する化合物で本件明細書に記載されているものは,「化合物C-71」(本件明細書214頁)のみである。そして,本件発明1はインテグラーゼ阻害剤(構成要件H)としてインテグラーゼ阻害活性を有するものとされているところ,「化合物C-71」がインテグラーゼ阻害活性を有することを示す具体的な薬理データ等は本件明細書に存在しないことについては,当事者間に争いがない。
 したがって,本件明細書の記載は,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されたものではなく,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないというべきであり,以下に判示するとおり,本件出願当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌しても,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有したと当業者が理解し得たということもできない

③原告の主張に対する判断

 原告は,本件特許化合物として本件明細書に記載されているのが「化合物C-71」のみであり,その薬理データ等が記載されていないとしても,本件優先日当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌すれば,当業者は,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有すると理解できたと主張する。

 ア 当業者による理解について

・各文献からうかがわれる本件優先日当時の技術常識としては,ある種の化合物(ヒドロキシル化芳香族化合物等)がインテグラーゼ阻害活性を示すのは,同化合物がキレーター構造を有していることが理由となっている可能性があるという程度の認識にとどまり,具体的にどのようなキレーター構造を備えた化合物がインテグラーゼ阻害活性を有するのか,また当該化合物がどのように作用してインテグラーゼ活性が阻害されるのかについての技術常識が存在したと認めるに足りる証拠はない。
・また,キレータータイプのインテグラーゼ阻害剤の多くは,キレーター部分に加えて,末端に環構造を有する置換基を有していたとの点についても,技術常識として認められるのは,キレータータイプのインテグラーゼ阻害剤の多くが,末端に環構造を有する置換基を有するという事実にとどまる

・さらに,2メタルキレーターを形成し得る部分構造の背面で5,6員の環状構造を形成することにより,キレート能を有する三つの配位原子が同方向に連立し,インテグラーゼの二つの2価金属イオンに配位してキレートを形成するのに好条件となることが明らかになったのは,本件優先日より後のことであり,本件優先日当時にそのような技術常識が存在したと認めるに足りる証拠はない。

 イ 本件特許化合物以外の本件発明化合物の薬理データについて

 原告は,本件明細書には本件特許化合物の薬理データの記載はないものの,本件特許化合物以外の本件発明化合物の薬理データは豊富に記載されており,特に「化合物C-71」の化学構造の一部が異なるにすぎない「化合物C-26」(本件明細書200頁)のデータが存在することを指摘する。
 しかし,一般に,化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても,特定の性質や物性が全く類似していない場合があり,この点はインテグラーゼ阻害剤の技術分野においても同様と解される。

 ウ 出願審査段階における薬理試験結果について

 原告は,本件特許化合物に含まれる4個の化合物については本件特許の出願審査の段階において薬理試験結果が提出され,また,12個の化合物については実際にインテグラーゼ阻害作用が確認されているとして,本件発明1が実施可能要件を有することは裏付けられていると主張する。
 しかし,一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,当該明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは,特許発明の内容を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反するものであり,許されないというべきである(知的財産高等裁判所平成27年(行ケ)第10052号・同28年3月31日判決参照)。

④小括

 以上によれば,本件出願当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌しても,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有したと当業者が理解し得たということもできない。
 したがって,本件明細書の記載は本件発明1を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではなく,本件発明1に係る特許は特許法36条4項1号の規定に違反してされたものであるので,本件発明1に係る特許は特許法123条1項4号に基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。

B サポート要件違反について

 上記で説示したところに照らせば,本件明細書の発明の詳細な説明に本件発明1が記載されているとはいえず,本件発明1に係る特許は特許法36条6項1号の規定に違反してされたものというべきである。
 したがって,本件発明1に係る特許は特許法123条1項4号に基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。

 

(3)コメント

①前回に引き続き、医薬用途発明について、実施可能要件等が否定された事件をご紹介しました。前回と同様、医薬用途発明について実施可能要件を満たすためには、 原則として、その有用性が薬理データ等でもって明細書に示されていなければならないと判示しています。そしてそのような薬理データ等が明細書にないことが、そのままサポート要件違反にもなっています。

 本件特許の場合、一つは、構成要件たる部分構造(特徴の一つと思われる)に係る化合物の薬理データ等が一切なかったことから、実施可能要件違反等が認定されました。実際問題として、クレームされた全ての組み合わせに係る化合物の薬理試験等を行い、そのデータ等を明細書に記載することは不可能ですが、それぞれの構成要件に対応した部分構造の化合物の薬理データ等についは、最低限1つは記載しておく必要があることが本判決から伺えます。近い化合物の薬理データ等が記載されているだけでは認めてもらえないようです。尤も、薬理データ等が全くなくても、技術常識を参酌すれば当該効果(有用性)を有しうることが分かる可能性があるかもしれませんが、非常に稀ではないかと思われます。本件でも原告はチャレンジされていましたが、結局認められませんでした。

②本件特許の場合、大事な部分構造を持つ化合物の薬理データ等がなかったのは、本件特許が分割出願に係るものであって、その化合物が非常に有用であることは、恐らく原出願のずっと後で分かったのではないかと想像されます。それを後出しデータを提出するなどして、何とか特許にはしたと思うのですが、侵害訴訟の場面で否定されてしまいました。

③本判決の認定事項の中で興味深いと思った点を下記します。

医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。

・一般に,化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても,特定の性質や物性が全く類似していない場合がある。

・当該明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは,特許発明の内容を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反する。

 3つ目は、いわゆる後出しデータを、一定の場合に否定するものですが、これは客観的裏付けに乏しい一行記載でもって、後出しデータの提出を合法化することはできない旨述べられているとも思われます。実務的には、一行記載を根拠にデータの後出しがなされ認められているケースも少なくないように思われますが、裁判所ではそれは否定される可能性があることを示していると思います。なお、仮に後出しデータでもって実施可能要件がクリアーされても、サポート要件までクリアーされるとは限りません。

④因みに、実施可能要件等の記載要件を充足することの立証責任は、特許権者側にあります。

 

以上、ご参考になれば幸いです。