一言で言うと、KY。
相槌打って、上司をおだてて、関係を円満にするのも給料の一部だよ、って、
先輩は、教えてくれた。
でも、本音は、ときどきブチ切れてしまいたくなる。
目の前の、じじいが「おーいお茶」置いてる茶色い組立テーブルを、
じじいの顔めがけて、ひっくり返してしまいたい衝動に駆られる。
じじいは、いやになるくらい、鈍い。
俺がじじいの相手をするのにほとほとうんざりしていることに、
全くと言っていいほど気づいていない。
朝来て、顔を合わせて、挨拶をする。
するとじじいが喋り始める。
最初は俺も、適当に相槌を打って、適当にリアクションをはさみ、楽しそうにきいているフリをしている。
そのあたりで切り上げてくれればいいのに、じじいの話はいつも、エンドレスなのだ。
自分のかつての経験や、
歴史上の場所に関するうんちくや、
とある有名人についての知られざる話。
俺には全く興味のない話だ。
興味なんぞ、あるわけがない。
じじいが昔、どんな交友関係があったかなんて、別に知りたくもない。
歴史上の人物がどこの寺を焼こうと、俺の昼飯のメニューとはなんら関係がない。
世の中にはこんな珍しい生きものがいるんだよと、
嬉々として話してくれるが、
残念ながらこれっぽっちも興味がないし、どうでもいい。
それよりも、俺の大切な時間がひたすら、じじいに無為に消費されていくことを嘆くのみだ。
じじいの話を傾聴するのが、俺の仕事の一部。
じじいの話を興味深そうに聞くのも、俺にとっての修行。
じじいのご機嫌をとって、俺は給料もらってるんだ。
頭の中で、呪文のように繰り返す。
・・・5度、6度、繰り返す。
耐え切れなくなって、不快のサインを少し顔に出すようにする。
それまでの笑顔を崩し、目をあわさないようにし、相槌の回数を減らす。
それでも、この鈍感なうすのろじじいは、全くそんなことには気づかない。
とことんKY。
つーか、空気読めよ、じじい。
俺がこんなに、うぜぇ、ってサイン出してんのに!
目の前の俺の気持ちすら全く気づけないからこそ、
ここまで延々、どうでもいい話を、気分良くひたすら喋れる。
いい加減、終わってくれ。
聞き苦しい。
イライラする。
そのお茶、顔にぶっかけんぞ。
脂で汚れたメガネがすっ飛ぶくらい鋭い眼光で睨んでも、
じじいはひたすら、喋る。
このじじいにとっては、喋ることがなによりの快感なんだろうなぁ。
誰にも相手にされないもんだから、誰彼かまわず、クソしょうもない話を、喋りたくる。
迷惑、このうえない。
修行、修行・・・
接待、接待・・・
じじいの薄汚れたクツのつま先あたりに目線をやりながら、俺は内心、そう繰り返す。
くちゃくちゃと汚い唾をとばし、じじいは得意げにしゃべっている。
もはや俺は、ほとんど聞いてもない。
たまに生返事をはさむ程度。
俺にはじじいの世迷い言を聞いてる暇も、心のゆとりもないんだって。
こんなに全身でアピってるのに、もうそろそろわかれよ、じじい。
頼むから、俺を解放してくれ。
するとそこへ、俺を呼ぶ声がした。
俺はここぞとばかり、行かなくちゃいけない、というそぶりを前面に出し、軽く会釈をし、駆け足でじじいのもとから逃げていく。
ああ、やっと解放された。
そのあと俺は、イライラする気持ちをごまかしつつ、朝の仕事に取り掛かり始めた。
昼飯をかきこんでいると、じじいがすぅ、とそばによってきた。
とたんに、鼻を突き刺すような加齢臭。
思わず一瞬顔をしかめる。
否、しかめそうになって、あわてていつもの笑顔の仮面を装着。
なんだこの臭い。毒ガスかと思った。
じじいは、俺が食っているものを、じろじろと無遠慮にのぞきこんでくる。
このへんの無神経さも、本当に嫌いだ。
なんてデリカシーのないじじいだろう。
俺が、なにか御用でも、
と、全開の営業スマイルでじじいに尋ねようとした矢先、
じじいは突然、
こないだ、娘が子供を連れて遊びにきたんだ、
と語りだした。
今日何回目だ。
じじいの独演会。
俺は飯を食いながら、適当に生返事で流す。
せっかくの楽しい食事なのに、味がまずくなりそうだ。
なんでまた、こいつの顔を見て、
逐一話につきあわなきゃならんのだ。
何度も言うが、じじいの人生の一切に、俺はまったく興味がない。
じじいの娘が逆立ちしようと、その子供がおもらしをしようと、
それが俺の生活にいったいなんの関係があるというんだ。
それをさも面白そうに語って、
無言のうちに聞くことを強要し、
俺の時間をインタラプトするのをやめてほしい。
かの有名な文芸家のTという人は・・・
じじいのうんちく話は、とどまるところを知らない。
・・・というか、その話、こないだ聞いたぞ、確か。
自分が話したことすらも忘れているから、何度も何度も懲りずに同じ話をする。
聞かされているこっちは、たまったもんじゃない。
こういうのを音の暴力ってんだ。
メシくらい、ゆっくり食わせろ。
ゆっくりと味わって食わせろよ。
あからさまに不機嫌そうな顔をして、
そっぽを向いているのに、
それでも依然、KYなじじいは、
まだ自分の話を、くっちゃべってくる。
よくこんなにもくだらん話を、延々できるものだと、
ある種、呆れつつも感心する。
これだけ俺が、興味ないって空気を全身で発しているにもかかわらず、
それに気づけない愚鈍さも、ある種、驚きに値すると思う。
俺は目を合わせないようにして、飯をかきこんでいた。
するとじじいは、こんなことを言ったんだ。
「そうだ、今度、一緒に晩飯を食いに行こう。
うまいサカナを食わせる店があるんだ」
さもこれがステキな提案であるかのように、
じじいは、そう言った。
・・・
俺は一瞬、凍りつく。
冗談じゃない。
仕事をしている間ならまだしも、
なんでアフターファイブまで、こいつの相手をしなきゃならんのだ。
俺のアフターファイブは俺のもんじゃないのか?
彼女とデートしたり、メタボ防止のウォーキングにいそしんだりするための、貴重な時間だ。
それをこの、ぐだぐだと意味不明な繰言を抜かすじじいの相手のために、使えというのか。無償で!
俺は慈善事業家じゃないし、心やさしいマザーテレサとは対極、
ジコチューといわれようとなんとでもいえ、
俺のアフターファイブは俺のものだ。
というか、それくらいのささやかな自由すら、じじいは俺からうばおうとするのか?
「え? なんで? イヤ? どうしてだい」
イヤなもんはイヤに決まってる。
理由は簡単、おまえが嫌いだから。
・・・だなんて、正直に言えるわけがないので、
俺はなんとか、断りの口実を考える。
考えながら、ほとんど怒りにも似た心境へと追い詰められていく。
イヤなもんやイヤ、
きらいなもんは、きらい、
それだけの話だ。
それを、なんでいちいち、理由を必要とするのか。
もう、ほんとに勘弁してくれ。
その日はウォーキングにでかける日なんで、・・
そんなのいつでも行けるしその日は休んだら。
いやちょっと今月お財布がピンチで、・・
そんなの心配ない、もちろんご馳走するとも。
おごっていらねぇから、俺の時間を奪おうとするな。
外食が口にあわないんで、・・・
は? 味音痴かね君は。なに心配ない、旨い店に連れてってやるから。
そうじゃない!
おまえと一緒に過ごしたくないだけだ!
・・・って、言えたら、どんなにスッキリするだろうなぁ。
じじいはおれの背中をポンと叩き、ぜひ行こうと強引に誘ってくる。
後生だ。頼むから、勘弁してくれ。
なんで俺が、この孤独なじじいの相手を、ボランティアよろしく引き受けなきゃならんのだ。
日中、毎日毎日、来る日も来る日も、そう、今日だって十分相手してやってるじゃないか。
こんな日々の努力すらわからず、まだ要求するのか、このじじい。
おまえのそのくだらん話が、
いかに俺をイライラさせてるか、
ちっとも解っていないくせに、
上司の権限とばかりに、
無理やり誘うのはやめてくれ。
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えーーっと。
うさこです。
病院の周辺にね、おそらく、野良なんですけど、
イヌがいるんです。雑種の。
気性の優しそうな、すごくかわいいイヌです。
見かけたら、つい食べ物をあげたくなるような。
そのイヌにねぇ、毎朝、話しかけてるドクターがいるんですよ。
最初は一体、イヌ相手に何やってんだろうって、思ってました。
近くをとおりがかったら、なにやら一生懸命、彼はイヌに話しかけていました。
イヌは、ひなたぼっこをしている様子なのですが、
もうね、遠目で見てもわかるくらい、
人間でもこんな顔しねーぞ、ってくらい、
すげー迷惑そうな顔、してんの。
つーかイヌってこんな顔、するんだ、みたいな。
見たとき、感動に近いくらい、笑えました。
なんつっていいのかわかりませんけど、
周りに「とにかく一度見てみて!」って、
言いまくったくらい、不愉快な表情してるんです。
それでも彼はイヌに、頻繁に話しかけてます。
イヌもイヌで、気ぃ使ってるのか、
病院の番犬のバイトでもやってるのか、
そこんとこ、定かじゃないんですけど、
まあとりあえず、傾聴してあげてる感じで。
・・・でも、迷惑そう、なんだよな。
思わず、こんなストーリーを妄想してしまうくらい、
それはそれはもう、筆舌に尽くしがたいくらい、
めっちゃ迷惑そうな顔をしているんですが。
ということで、今回、すげぇダークな毒舌調で、書いてみました。
我ながらすごい毒々しいです。
たまにはこういうのも。
ヤな上司に置き換えて、読んでみてください。