男女問わず、
顔かたちの綺麗な人を見ると、
むしょうにスケッチしたくなる癖があります。
電車に乗ってるときなんて特に、
ヒマだし、
目の前にすごい美女とか、
ジャニーズみたいなカッコイイ男の子とか、
超ダンディなオジサマとかが座ってたりすると、
やおら、ドラえもんの内ポケットあたりから、
2Bの鉛筆とクロッキーブックを取り出して、
気の向くままに、ひたすら描きたくなるのです。
ほんとに描いたらつまみ出されるか訴えられるか、
どっちかになる気がするので、
描いたりはしませんが、
ヌリカベのようにキメこまかぁくファンデーションを塗りこんでいる、
その肌の質感を、
鉛筆でどうやったら表現できるか、
徹底的に、追求したくなってしまいます。
そんなことを考えながら、みかこ先生と電車に乗っていました。
ちょうど、私が立っている目の前には、
色白の、鼻筋の通った20代とおぼしき男の人。
右にはやや厚化粧のマダム、
左には電車の中でマスカラの塗りなおしに余念のないギャル、
ふたりに囲まれて、
彼は平和そうに、居眠りしていました。
彼の顔は、頭の重みでうしろにそり気味で、
いまにも、窓に後頭部をぶつけそうでしたが、
ぎりぎりのバランスを保っていました。
アゴを突き出すような姿勢で、
すやすやと眠る、その睫毛の長さは、
窓から差し込むまぶしい太陽が、
やわらかな頬に睫毛の影を作るほどでした。
黒くてくっきりとした長い睫毛が、
ときおりピクリとふるえ、
陽光を反射しています。
「・・・ねぇ」
隣でつり革につかまっていたみかこ先生が、
文庫本を持った左手のひじで、
私のわき腹をつつきました。
「はい?」
「さっきから、アンタ、見すぎ」
「・・・え?」
するとみかこ先生は、私の耳に顔を近づけるようにして、
「目の前の男がかっこいいのはわかるけど、
ガン見、しすぎ」
と小声でささやきました。
私は、スケッチしたい衝動を悟られたようにドキリとして、
「いえっ!」
と反射的に返事をしました。
みかこ先生「でも、かっこいいね。すごい整った顔」
うさこ「鼻筋とおってますね」
ピンク色のやや厚みのある唇は、
うつくしい曲線を描き、
うっすらとひらいています。
大きく丸い、耳の形。
少し茶色味がかった、硬そうな髪。
首元から、くしゃくしゃになったマフラーがたれています。
みかこ先生「彼が降りるとき、ナンパしよっか」
うさこ「えええ!?」(゚∀゚;)
私は思わずのけぞりましたが、
みかこ先生は、ホンキとも冗談ともつかない、
楽しそうな笑顔で私を見ています。
うさこ「私は知らん顔しますよ!」
みかこ先生「なに言ってんの、自分だけ関係ないフリするんじゃないわよ、責任持って声かけなさいよ!」
・・・なんの責任ですか。
うさこ「なんで私が見ず知らずの人に声かけなきゃいかんのですか! 第一なんていうんですか!」
みかこ先生「そんなこと自分で考えなさいよ!」
いやいやいや!(゚∀゚;)
いつのまにか私がナンパしたいみたいになってるじゃないか!!
と、ふたりで言い合っているうちに、
電車は、終点に到着しました。
彼は、大きな瞳を何度かしばたき、目を覚ましました。
両手で、眠気を覚ますように顔をこすり、立ち上がります。
周りの乗客も、降りるための身支度を整え、次々立ち上がっていきます。
うさこ「・・・ぁ」
彼の右隣に座っていた、厚化粧のマダムが、
彼のマフラーを、
まるで幼稚園の子にするかのようなしぐさで、
綺麗に整えていました。
・・・・えーと。
恋人、とかじゃなくて。
・・・・うん。
どう見ても、「オカン」です。「オカン」。
「オカン」は、彼の頭を優しく撫で、
ついたわよ、と小さな声で囁きました。
彼がうなずき、「オカン」は彼のかばんまで持ってあげて、
「オカン」のあとをついていくかのように、
電車のドアのほうへ歩いていきます。
「オカン」は彼の肩を抱いて、彼を先にそっと降ろし、
自分も降りていきました。
あとに残された私たちは、
一瞬、降りるのを忘れるほど、ポカンとしていました。
みかこ先生が、
「・・・っかー。マザコンって奴だな!」
と、いまいましそうにつぶやく声で、我に返りました。