「心理」ではなく真理という表記に惹かれて、手にした。

 

 知的障害者施設「至誠学園」の風呂場で16歳の少女・水野彩(みずのあや)

が手首を切った。

 救急隊が駆け付けた時は虫の息だった。

 

 園長の安藤、彩を妹のように可愛がっている青年・藤木司(ふじきつかさ)が

救急車に同乗した。病院に向かう途中、彩は脳死状態になった。

 その時、藤木は安藤に「お前が殺した」と掴みかかり、

止めようとした隊員にもケガを負わせた。

 

 藤木は臨床心理士・佐久間美帆のクライアントになった。

対話を進めるうち、藤木には人の声が色付きで見える特殊な能力があることが判ってきた。

 例えば、嘘をつている人の声は赤、心からの真実を語っている人の声は白、

悪だくみを隠している人の声は濁ったり黒かったり、どぶみたいな匂いさえする。

 それ故、子供の頃からの能力故に変人扱いされ、登校拒否や引き籠もりになり、

遂に精神科から至誠学園に送られてきたのだった。

 

 藤木は彩は自殺なんかではないと言い張った。その理由はやはり声の色。

生命を表す橙色だった。彩は死にたかったのではなく、生きたかったのだと主張した。

 

  美帆は、至誠学園を訪ね、彩の遺品があればもらい受けようとしたが事務員に断られる。

事務員の言葉から倉庫の棚の段ボール箱に保管されていることを知り、忍び込んで

箱の中から彩の化粧ポーチと数枚の写真を持ち帰り、藤木に見せた。

 藤木は写っているのは彩だと断言した。

 

 ポーチの中には薬、USBメモリーとピルが入っていた。USBは藤木が彩に買い与えたものだった。

PCのソフトに失語症患者のリハビリ用ソフトがあり、藤木はそれをPCに入れて、彩に使わせていた。

彩はデータにロックをかけていたので、藤木は内容を知らない。

 では、ピルは? 藤木は彩とは恋人関係ではないときっぱりと言った。

 

 藤木は、至誠学園を調べてくれと言った。

彩は園長の安藤に連れられて、しばしば外出し、時には一日帰ってこない日もあった。

 彩は外出から帰るとひどく怯え、藤木が声をかけても部屋から出ず、食事も何日も摂らず、

やがてリストカットを繰り返すように。

 

 美帆は友人の警察官・栗原に、密かに至誠学園の調査をするよう頼みこんだ。

結果は優良な施設にランク付けされていた。

  しかし、美帆は至誠学園から多くの障害者が同一企業に就職している事実を不審に思った。

その就職者数は彩が学園に来た3年前から急に上昇していた。

 至誠学園は優良施設にランクインし、そこの生徒たちを受け入れる東郷製作所も、

障害者雇用優良事業所として厚労省から表彰されている。

 美帆は疑いを深めた。

 

 美帆は藤木を連れて福祉雑誌の記者を名乗り、東郷製作所に乗り込んだ。

 応接室で美帆たちは、人事部長から「企業が障害者を雇用する場合、

最初に市の障害者就労援助センターから障害者の紹介があり、

そのセンターが企業と就職希望者とのマッチングや調整を行い、

就職に至るまでのシステム」を説明された。

 

 美帆は突っ込んだ。

「何故センターは貴社にだけ至誠学園からの障害者を多く紹介するのか。何か契約でも?」

人事部長の顔色が変わった。

重度の障害者を雇用すると国からの助成金が多く出る。

経営が苦しい企業にとっては稼げるシステムだ。

 

 藤木には人事部長の声の色が赤、紫、どぶ色に見えた。

「あいつは嘘を言っている。何か隠している」

 

 美帆と藤木は就労援助センターに行き、障害者を紹介している

西澤と面会した。

 西澤は紹介システムを説明し、ここでも美帆は突っ込んだ質問をした。

 

退出した美帆と藤木。

 藤木は「赤。あいつの言ったことは全部嘘だ。あいつは怯えていた」と。

 

 ここまで読めば読者は大体の見当がつく。

学園、企業、センターはグルだと。

 単に支援金や援助金だけの問題ではないと。

 

 美帆の友人で警察官の栗原は、実はハイテク犯罪対策室に勤め、

ネット犯罪を担当していた。

 以前、美帆に見せられた至誠学園の集合写真の中に、見覚えのある女の子がいたが、

その子をどこで見たのか思い出せないでいた。

 

 栗原はいつもどおりのネットパトロール中に、その女の子をどこで見たのか思い出した。

それはマニア向けの猥褻サイトの中だった。猥褻図画公然陳列なら栗原は警察官として動ける。

 

 美帆と栗原は、安藤園長と女の子の外出日に尾行した。

ホテルに入った二人と、そして後から入ってきた客を撮った。

その客こそ、就労援助センターの西澤であった。証拠は揃った。

 

 安藤園長の死体が発見された。当初は自殺とみなされていたが、

センターの西澤が逮捕されると、安藤の死との関係性をマスコミが疑い始めた。

 

 美帆は苦心して、彩が残したUSBのロックの解除に成功した。

彩が入力した作文の中に、彩の自殺の原因となった人物の名前があった。

それは、美帆が尊敬し、権威も実績もある男性だった。

 

 知的障害者でなければ燃えない体質だった彼は、彩を自分が借りたある場所に連れ込み、

性的オモチャにして楽しんでいた。

彩が持っていたピルは彼が与えたものだった。

 彼は、彩のカラダと引き換え条件に、至誠学園の就労希望者を軽度であっても重度とカルテに書き、

至誠学園に補助金が多く渡るように工作した。

 

 健常者であろうと障害者であろうと未成年に猥褻行為をすれば犯罪になる。

性的欲求とカネ儲けのループが作られていた事実が明らかになった。

 

 しかし、作者はもっと深い所で訴えたいことがあったに違いない。

 人と大きく違っていたり、他人には理解できない特殊な能力があると、

障害者扱いされて不必要な治療や施設に送り込まれる可能性のコワさ。

 医師の匙加減で、カルテを書けるコワさ。

 

 清廉潔癖な人が読むと、おぞましい小説になるが、

”いい大人だからその辺の事情”を理解できる読者は、これが真理だと、

したり顔で読了するかもしれない。