精神鑑定 | 学白 gakuhaku

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精神科医 斎藤学のコラム

木曜日に始まっている日本精神神経学会に最終日だけでも参加しようと、夜遅く大阪に着く新幹線に乗った。専門医登録の更新に必要な単位が幾らか足りないためだ。運転免許の方は今年の2月に74歳を迎えて返上したのだが、精神科専門医となるとまだ現役と思っているので取り上げられたくない。それに精神科指導医の講習会というのもあり、若い医師に来て貰おうとすると、この資格も持っていなければならない。それが毎年、学会最終日の午後遅くなので、金曜の夜に大阪入り、土曜日約半日のポイントを貰い、指導者研修なるものも受けて、大阪発新幹線の最終便で品川へ帰ろうというわけ。

一方、精神保健指定医(かつての鑑定医)というのもあって、こちらは去年の2月に更新済みで再更新は5年後。と、ややこしい。もっとも、指定医らしいことは後に述べる例外を除いてしていない。東京都に勤めていた20年前までは毎月1回救急鑑定の当番というのがあって、精神科救急の公的システムの一環を務めていた。また、数年に1回は各地の地裁に依頼されて、殺人事件加害者の精神鑑定もしてきた。こちらは一件につき50万円くれるが、1~2ヶ月にわたって全ての時間を症例の考察に費やさねばならない上に、公判廷に出席して被告側の代理人(弁護士)や検察官の尋問に答えなければならない。これらの殆どは印刷・公刊されていないが、例外的に一件だけ、加害者の了解を得た上で、匿名の症例として成書(『児童虐待〈臨床編〉』、金剛出版、1998年)の1章(第Ⅱ部第8章『精神鑑定:13ヵ月児を溺死させた母親』174~198ページ)とさせて頂いたことがあった。

            『児童虐待〈臨床編〉』(金剛出版)

児童虐待臨床編


この種の仕事(精神鑑定)は、1995年の秋に開業してからも何度か依頼されたのだが、残念ながら時間がない。もちろんこの仕事を嫌っているわけではない。ある個人が突然、ないし熟慮の上、悪行愚行といったものに走る。精神科医を業とするものにとって、この犯行がなぜ生じたかを考えることが愉悦をもたらさない筈がない。というわけで、今の私は似たような業務だが、国・裁判所の指示に基づかないものを恣意的に引き受けている。恣意的に、というのは私が現今関心を持っているものなら、という意味で、それらはパラフィリア(性倒錯)絡みのものか、児童期性的虐待の犠牲者だった者、それと摂食障害者の窃盗に限られている。

ここまでは金曜夜の大坂行き新幹線の中で書いた。帰途の電車の中で「摂食障害者の窃盗癖」についてメモしておこうと思ったのだが、土曜日午後の4時から4時間にわたって学会の指導医研修なるものに拘束されてから意気阻喪し、とても続きを書ける心境ではなくなった。以後は次回にまわす。ついでに言えば、やはり私は大規模過ぎる学会ギルドやそこで標準とされる専門家教育というものに合わない。この学会とは訣別しようと思う。