まだ暑さの残る初秋の頃の講義の折だったと記憶します。
 例によって興に乗ってこられると講義内容とは関係のないお話に及ぶことがあるのですが、昭和五九年(一九八四)にハワイ大学で、同大学宗教学科が中心となって、「キリスト教と仏教との対決の会議」というのが開催されたそうです。
 中村先生も出席されて、公開講座が開かれた折、教会におけるセレモニーで、
「なんと驚いたことに演壇で、日本人の男女が、羽織、袴、着物姿で、尺八と琴の演奏を始めたのです。このようなことは今まで の教会では、あり得なかったことでした。
 今後は各民族が各々の多様な文化の伝統を 継承して、その特性や個性を生かしながら 更にその中に《和の精神》を実現させることが大切で必要なことだと思ったことでした」と話されました。
 現代は、あらゆる面でグローバル化して参りましたが、世界のどこかの国々では、対立抗争が続いているのが現状です。
 自国の伝統、文化と他国のそれとを摺り合わせていくことで、お互いに理解することができるのだとおもいます。
 私事で恐縮ですが、二人の娘を小学六年生から中学生にかけて、約二年間アメリカ、バージニア州ノーフォーク市のクリスチャンスクールに単身留学させました。
 その間に、私がビジネス旅行の合間を縫って娘のホームステイ先へ訪ねていった時の出来事ですが、そのお宅のお孫さん(当時五歳くらいの女の子)が、いきなり私に向かって
「ユー・サタン!(悪魔)」
と叫んで、私の顔にツバを吐き掛けたのです。
 家族の方が驚いて慌てて取りなして下さいましたが、彼女の言い分は、私が仏教徒だからなのだそうです。クリスチャンとして教育されてきた彼女にとって、キリストを信じていない異教徒は、すべてサタン(悪魔)なのです。クリスチャンとして、自分は正しいことをしたまでと思っている風でした。
 彼女に悪気はないにしても、世界の平和と人の交流を目指す上で、自分たちが信じている神以外のものを信じる者達は、全て悪魔であるという教え(一神教)では困るのです。
「和の精神」のもとに、諸民族が協力し生きて行くためには、それぞれの文化習俗の相互理解と認識が為されなければなりません。 そのためには、人類の生んだ過去の諸々の思想の対比検討と相互批判の必要も生じてくるのは、当然の成りゆきでしょう。