禅堂を開単してからは月例茶会、企業研修、学生の禅体験、個人参禅者の指導等仏道に関する修行と商業活動の両方でプライベートな時間はなくなりましたが、精神面ではとても充実した時を過ごしております。
 個人参禅者は実にいろいろな悩みをもっていますので、指導している私自身初めて見聞することが多くあり、それに対処することは貴重な体験です。
 一例を挙げますと、ある日、知人の紹介で大柄な四十歳代の女性が二泊三日の予定で参禅修行に来られました。
 一日の日鑑(作務、食事、坐禅)が夜の九時に終わり、囲炉裏で暖をとりながら彼女の話を聞きました。それによると、御主人が五、六年前から他の女性と不倫をしていて、今は家庭内別居中だというのです。御主人が彼女に対して言うには、彼女は女として魅力がなく、抱いても藁人形のようで楽しくもなんともない、すべては彼女が悪い、ということになるのだそうです。彼女はしばらく下をむいて黙っていましたが突然、
「先生、わたしを抱いて、試して!」
と言って迫って来るではありませんか。と、ここまで中村先生に話をしますと、ほぉーっと驚いたような顔をして先生は、
「かめいさん、それからどうなさいました」と訊かれるのです。
 他に誰もいない山岳禅堂で、ローソクだけのあかりの中で顔面蒼白、目は吊り上がり夜叉面のような形相で迫られても、お相手できる男性はまずいないでしょう。私は彼女に、
「あなたは今、普通の精神状態ではなく感情が高ぶっているから、冷静になるまで今夜はいろんな話を聞かせて下さい」
  と説得しました。一晩中話をしたことで少しは気が晴れたのか、彼女は翌朝、
「男の人にもいろんな生き方があるのですね。 先生、昨夜の話は恥ずかしいので忘れてくださいね」
  と下山して行きました。
 そう申し上げると中村先生は、ハァーっとため息とも嘆息ともつかぬ大きな息をされ、
「かめいさん、いろんな苦労がおありですね。 しかしそうして元気を出した人から感謝されているのですから、やりがいもあるでしょう。まさに対機説法というか、人を見て 法を説けということですね」
と慰め励まして下さったのです。