自然界に法則があるように、人それぞれにも運命というものがあるのでしょうか。
知りたい学びたいと心の準備ができたとき、目に見えない糸であやつられるように中村先生との出逢いがあったのです。先生にお近づきになるまでの私は「買った売った」だけの商人でしたが、父の死を契機として、しだいに精神的な面にも関心をもって商業活動をせねばと考えるようになっていたのです。
「お忙しいでしょうに、かめいさん、遠い四国からようこそ」
と、いつお伺いしても先生はねぎらってくださるのが常でした。
ある日の早朝、ご自宅にお伺いした時のこと。
「風邪のため少し横になっておりました」
とメリヤスの下着に寝間着姿で現れ、
「体調が良くないので、このような格好でご無礼します」
といわれてから椅子に腰掛けられて、寝間着の前身頃をきちんと合わし、膝の上に両手をおかれて、礼儀正しく話されます。
その姿勢は、まさに荒野を槍一本で開拓してゆく気骨ある古武士のような風格を感じました。
この日、強く心に残った先生の お言葉は
「かめいさんは御自分なりに誓願し、それを確立するために修行の場として四国の山中に禅堂を建立し、法灯》をかかげたの
ですから、その法灯を消さないように精進なさいませ」
と励ましてくださったことです。
父が亡くなった頃にお近づきになった先生を師というより、むしろ慈父のように思って敬愛し、その思想に傾倒しているのです。
人生の師
中村元博士
一九一二年、島根県松江市に生まれ。 元東京大学名誉教授、東方学院院長。
比較思想学会名誉会長、学士院会員、 文化勲章受賞。
平成十一年十月十日没
中村先生 御著書
「インド思想史」
「初期ヴェーダーンタ哲学史、全四巻」 「比較思想論」以上、岩波書店
「原始仏教、全五巻」「世界思想史、全 七巻」以上、春秋社
「佛教語大辞典、全三巻」「仏教語源策 正、続 新」以上、東京書籍
他多数