番組が終わった後、ちょっとの間、現実に戻ってこれなかった。
今でもその余韻は残っている。
曽根崎心中は私が観たことのある唯一の文楽。
初めてその演目を観た時、その情感こもった人形の美しさにすっかり参ってしまった。
最後の心中の場面では、覚悟を決めたお初の凛とした姿に涙が溢れて仕方がなかった。
死ぬことでしか成就されない切ない恋の物語。
文楽の人形は、人形であることを超越していて、別世界にいざなってくれる。
杉本文楽はオリジナルにこだわり、今まで割愛されてきた場面も盛り込まれているし、演出もこれまでの文楽にない仕掛けも取り入れている。
番組では杉本文楽のエッセンスしか観ることはできなかったけれど、それだけでも、この舞台に臨む杉本さんや文楽を支える人達の意気込みがtvの画面を通してビシビシと伝わってきた。
これを生で体験できなかったのは本当に残念。
でも、あの広い会場で、しかも花道での心中場面は、席によっては観にくかっただろうし、あのお初の最後の美しい表情もちゃんと観ることはむずかしかったんじゃないだろうか・・?
とはいえ、鳥居や仏像の本物の重圧感や、そぎ落とされた演出は、より一層物語のコアな部分を引き出していて、見事。
通常の文楽ではあっさりとしている心中場面がオリジナル通りに長く語られる。
生々しいはずの死の場面が美へと昇華されていて、その世界に引き込まれてしまった。
杉本博司さんという卓越した美意識を持った方の作品に触れることのできる幸せ。
同じ時代を生きってよかったな。
アートを好きでよかったな。
日本人でよかったな。
しみじみと感じた時間。
この世の名残 夜も名残
~杉本博司が挑む「曽根崎心中」オリジナル~