今日のしんぶん赤旗に、
釜石市の退職教員中川淳さんが
登場している。
懐かしくかつ今月25日にお会い
できるのが楽しみだ。       


中川さんは81歳、2011年10月に「全退教東北・北海道ブロ
ック交流集会」で岩手県の大震災被災地、大槌町、陸前高田市、釜石市等を視察した際、実行委員長をしてくださった。
   (写真は2011年10月大槌町役場前で災害状況を説明する中川さん)

当初の計画では釜石市で交流集会を行い、海から艦砲射撃を受けた釜石市を見る計画だった。3・11大震災で予約していたホテル
も流出してしまったのである。
開催が危ぶまれたが、被災地を見てもらおうと岩手開催を実現させたのでした。

交流会の翌年札幌市民ホールで講演をしていただいた。
釜石市の被災現場を桜の名所にする運動をされている。地域
鵜住居地域復興プロジェクト代表もされている。

札幌講演の際、募金を集めて贈った。
今回の東北・北海道ブロック交流集会に「あの時のお礼を言いたい」と「いわて退職教職員の会」の団長さんとして参加してくださるとのこと。

 中川さんは今も釜石市の復興住宅に一人住まいである。    でも教え子たちが陰から応援している。
 
 我が家のグラビノーバーを贈った釜石市の中学生Kさんのお父さんも中川さんの教え子である。
そのKさん、今春高校を卒業し、進学せず就職しました。初月給?で贈り物をいただいた。
中川さんのお会いしたらKさんのお父さんの中学時代を聞きたい。札幌講演当時、息子さんが道新記者でした。中川さん「息子の前で講演するのははじめだ」と喜んで?いました。米軍艦砲射撃による甚大な戦災から復興した釜石市。

 中川さんの心中には復興への自負がみなぎっているように感じる。被災地からの発進を重視する中川さんに敬意を表します。
今月末の東北・北海道ブロック交流集会に参加ゼロという福島
の退職教職員の会の役員諸氏も多忙とは思いますが、せっかくの交流の機会を重視してほしいと思います。
被災地の退職教職員として、中川さんの積極性に学ぶべきでは
ないか、と私は厳しいですが言いたい気持ちです。 


 
2012年5月、札幌市民ホールで
 講演する中川さん。