『曲に体の細胞が全部反応している!』高橋大輔の演技に長光歌子が感じた才能とは

フィギュアスケート・長光歌子インタビュー第1回(全4回)

  長光歌子コーチは、50年以上にわたってフィギュアスケート界で指導者を続けてきた

 

  浅沼まり、今川知子、澤田亜紀、田中刑事、三宅星南など男女を問わず、五輪出場や全日本選手権で上位に入るトップスケーターたちを数多く輩出している。なかでも高橋大輔とは二人三脚で、日本男子初の銅メダル、世界選手権優勝、グランプリファイナル優勝と、華々しく男子フィギュアの歴史を変えた。名伯楽と言えるわけだが......

 

『皆さんが築いてきたもののあとに、私たちがいるだけだと思っています』

 

  長光は謙虚にそう言って、今も指導を続けるが、その経験からくる言葉には宝玉の輝きがある。そこで今回は連作インタビューで、先駆者である高橋との逸話を中心に、『フィギュアスケート界の昔と今』を語ってもらった。そこから見えてくる未来もあるはずだーー

 

  第1回は、不世出のフィギュアスケーター、高橋大輔の実情に迫った

 

『(高橋)大輔の人生はいろんなことが伏線のように絡み合っていて、漫画でも小説でもないような物語になっている気がします』

 

  長光は言う。彼女が見つめてきたのは、筋書きのない、とっておきのドラマだった

 

【細胞が勝手に反応する即効性】

 ーートップアスリートは、『模倣がうまい』と言われます。たとえば、世界最高のサッカー選手であるリオネル・メッシはひと目で技をコピーし、いつの間にか自分に取り込んでいました。高橋大輔さんも振付師が伝えたことを瞬時に理解し、それを表現する即効性が高い選手だったと聞きます

 

長光歌子(以下同)ダンサーさんたちもそうなんでしょうけど、大輔も踊りの形をとるのがすごく早くて見たらすぐに動けるという才能があったと思います。そこは並外れていましたね。だからこそ、プログラムをつくるのも早いんですよ。それに合わせて、振付師さんたちももすごく難しいことをやらせようとして(笑)。でも、大輔は何回転んでも、圧倒的早さで身につけていました

 

ーー直感的、本能的な異能ですね?

  多くの人は見て聞いて、それから体を動かそうってするじゃないですか?  大輔はもっと感覚的っていうか、(曲を伝えた時に)細胞が勝手に反応するようなところがある気がしました

 

【魅了されるプログラムになる理由】

ーーそんな高橋さんが苦労したプログラムはなかったんですか?

  シニアに上がりたての頃(2004-2005シーズン)、ショートプログラムで『剣の舞』をタチアナ(・タラソワ)のところで仕上げてもらったんです。タチアナはあんな感じで激しく動けないので、リンクではアイスダンス五輪チャンピオンだったエフゲニー・プラトフさんが実演してくれたんですが

 

  サーペンタイン(※蛇という意味で、リンクを大きくSの字で滑りながら行うステップシークエンス)をプログラムに入れていたんですが、プラトフでさえ何度も転ぶほど難しく、『これ、できるの?』と思ってしまいました。大輔もかなり転んでいましたが、最後にはプラトフもタチアナも感心するほどに仕上がりましたね

 

ーー高橋さんは、プログラムそのものを演じきるパワーがありました

  どのプログラムも、それぞれ頑張っていましたね。大輔がすごいと思うのは、曲(のリズム)をカウントするだけじゃなくて、(曲にある)キャラクターとかを自分の体に染み込ませてから、それを発散するというところで。これは、なかなかできないことです。だから、彼のプログラムは何度もリピートして見てしまう。何遍も見たいプログラムになるんです

 

ーーでは、プログラムのイメージをもっとも具現化した作品とは?

  どのプログラムも私は好きですが......札幌でのNHK杯(2011年11月)、ショートプログラムで演じた『イン・ザ・ガーデン・オブ・ソウルズ』は、本当に素敵でしたね。体のでき上がりもよかったんですが、曲に体の細胞が全部反応しているわ!って。その年の全日本選手権は4回転トーループ+3回転トーループでノーミスでしたが、NHK杯の3回転+3回転のほうが好きです。滑りがすごく柔らかくて......

 

ーー高橋さんのスケーティングは、女性的な柔らかさも伴い、時に可憐さすらあります

  大輔は体が硬いんです。もっと柔軟をやればよかったなって思ってしまうほど。でも、演技は体が硬いようには見せないんです。柔軟性がないようには見えない彼は、柔らかく見せることができるんです。イメージを滑りで具現化できるというか。柔らかく見せられるのは才能ですね。彼よりも柔らかい選手は多いんですが、硬そうに見えてしまう場合がほとんどなので

 

ーー表現力も非凡でした

  面白い漫画や小説の世界に入り込むと、まったく何も聞こえない、見えなくなって、あっという間に終わることがあるじゃないですか?  大輔のスケーティングもそういうことがたくさんあって

 

【『本当に奇跡』のスケート人生】

ーー高橋さんのスケート人生は、まさに漫画や小説のように奇跡と夢にあふれていました

  大輔は本当に奇跡だと思いますね。幼い頃、たまたま裏山にリンクができましたが、もしそれがなかったら難しかったでしょうね。スケーターになるって少し特殊で、その出会いと環境がないといけないので

 

  親御さんの理髪店に、ホッケーが好きなお客さんがいて、リンクに誘われたらしいんですね。当時はお兄ちゃんたちが少林寺で賞状をもらっていて、大輔も『自分も』と意気込んだけど、怖くて嫌で。それでリンクに行った時、ホッケーよりも隣でやっていたフィギュアスケートに興味を示したようです。ご両親も飾るところがないすばらしい人たちで、それに関わる方々もいらっしゃって。どの要素ひとつ欠けてもこうはなっていないでしょうね

 

ーー高橋さんは記録と記憶を残して一度引退した後、4年ぶりに現役復帰して全日本選手権2位、さらに別種目のアイスダンスで全日本王者と、どんなドラマよりもドラマ性がある人生です

  本当ですね。私はたくさんの選手を教えてきましたが、大輔は周りに必要な人が来てくれました。アイスダンスでも、(村元)哉中ちゃんはカップルを解消したあとで悶々としていて、もしパートナーがいたら大輔と組んでいないでしょう

 

(アイスダンス界の名伯楽で五輪金メダリストを次々に輩出した)マリーナ(・ズエワ)も半分リタイアするつもりで、(声をかけた)タイミングがよく一緒にできた。(高橋と周りの関係は)必然があって、あとから考えると、こういうことだったんだって