弁護士法人FAS淀屋橋総合法律事務所のブログ

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大阪市中央区北浜の、弁護士法人FAS淀屋橋総合法律事務所のブログです。所属弁護士によるニュース解説や、日々の暮らし、ご家庭、お仕事にまつわる法律問題などを取り上げるほか、所員による書評や趣味の話、付近の町ネタ、グルメ情報などお伝えしていきます。

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 ヴィム・ヴェンダース監督。この、私と全く同じ生年月日の監督作品を私は色々見て(「ベルリン・天使の詩」1987年、「リスボン物語」1994年、「ヴエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」2000年、「ミリオンダラー・ホテル」2001年、「アメリカ、家族のいる風景」2005年)、その都度雑誌「おおさかの街」で評論した。この作品は、東京のトイレ清掃作業員の生活と内面を描くもので、監督と高崎卓馬の脚本。カンヌ国際映画祭で、主演の役所広司が男優賞、作品がエキュメニカル審査員賞を受賞。役所が着ける清掃ユニフォームは、日本財団経営のTHE TOKYO TOILET。主人公の名、平山は、ヴェンダースが尊敬してやまない小津安二郎の諸作品から取られているという。


 

 物語概要は次のようなものである。近くに東京スカイツリーが見える、古い二戸一の木造2階建に住む平山は、テレビや空調機は持たず、早朝、近所の落ち葉掃きの音に目覚め、毎日同じ手順で口髭カットを含む支度をして軽自動車で出発する。車内ではアメリカ音楽のカセットテープを聞き、公衆トイレを回って、徹底して綺麗にし、昼食は神社の樹木に囲まれたベンチでサンドイッチを食べ、気に入った木の日々の変化をカメラで撮影し、木の芽を根本から採取し、仕事が終わると自転車で銭湯に浸かり、その帰りに地下の食堂で、軽く食べ、帰宅して布団の中で文庫本を読み、夢に浸る。印象深く心に残っている出来事の夢が流れていく。休日には洗濯と掃除をし、カメラ屋に行き、現像写真を受け取り、家で整理し、また古本屋に行き、本を買い、女店主とその本の話を簡潔にし、時に居酒屋に寄り、ママの歌を聴く。こんな毎日である。


 

 日常と違うことも起こる。いくつか挿入されるその一つは、妹の娘が家出してきて居着く。仕事にも連れて行って、手伝わせたりするうちすっかり平山に懐くが、平山は妹に公衆電話から連絡して迎えに来させる。運転手付きのBMで迎えにきた妹に姪を渡して、別れる時、平山の目からは涙がこぼれる。他の非日常挿話の終わりでも平山の涙が現れる。


 

 日常生活からは安定と平穏が、非日常挿話からは平山の孤独と寂しさが描かれる。両面ともが平山であり、監督の描く人間そのものなのである。


 

 この作品で、掃除をするトイレが相当上等に属するものばかりであること、ずらりと並んだ本と音楽テープなどに囲まれた生活は、貧しさがテーマではない。一人のキャリア放棄したであろう男の、静かな、しかし、時に揺れる感情を抱いて、現代東京のど真ん中で生活する男を、丁寧に切り取った良品である。役所の絶品一人芝居を、都市情景、他の登場人物で色彩豊かにしたともいえようか。

 斎藤浩