みののかみのブログ アメブロ版

みののかみのブログ アメブロ版

美濃国出身・在住のみののかみが日々気付いたこと・感じたことを書き出すもの也

史跡および日帰り天然温泉の訪問記が殆どと成り候

養老駅で駅構内を見たら、

次の電車の時刻まで観光案内所で

養老のミネラルウォーターを買い、🧴

休憩スペースの椅子に座って

スマホを充電して過ごした。🪑📱⚡

そして桑名行き電車が来ると、

次の駅舎がある駅の駒野駅へ向かった。🚊

 

養老鉄道線美濃津屋駅の手前で

養老町から海津市南濃町に入り、

美濃津屋駅を過ぎてしばらく進むと、

付近で東海環状道を建設している。🏗️🛣️

養老公園養老駅に近い養老インターの先で 

養老鉄道線や国道258号線を跨ぎ越し、

養老山地を長大トンネルで抜けて

三重県のいなべインターにつながる

東海環状道は、まだ養老インターと

いなべインターの間が建設途中。🏗️👷‍♂️

この養老からいなべの区間が完成すると

東海環状道は愛知県の豊田東JCTから

岐阜県内を回り三重県の新四日市JCTまで

全線開通することになる。🛣️🎊

養老インターから先、どこに養老山地を

貫き通す長大トンネルが出来るのかな❓️

と、ずっと思っていたが、養老鉄道線

未開通区間をアンダーパスしてようやく

東海環状道の全貌が判った。🛣️😙

 

養老鉄道線電車駒野駅に到着する。🚉

海津市(南濃町)の玄関駅という

位置付けがあるのだろうか、

駒野駅の駅名標には、

海津市南濃町特産の南濃みかんが

モチーフになったものもある。🍊

駒野駅は駅員常駐の有人駅で、
下車客が全員改札を出ると改札を閉じる。
西大垣駅と同様に、列車の停車時と
その前後のわずかな時間のみ
改札口を開けているシステム。
駅のトイレが改札内のみにあるため
非常に不便だなと思ったら、😕
日中40分に1本の列車を待つ老人男性が
勝手に改札口のロックを開けて
桑名方面ホーム隅にあるトイレへ
歩いて行く光景も見られた。🚹️👴
 
次の列車まで待ち時間があり
空腹も感じたので、駅舎の外に出て、
駅前の旧街道へ歩いてみた。🚶
和菓子店などが通り沿いにあり、
YAOASA(八百浅)という
小さなスーパーを見つけて、
中に入ると惣菜も販売していて、
昼食を買って駒野駅へ戻った。🍱
朝は20分ごとに、日中は40分ごとに
列車を乗り継いで行く今回の旅は
駅前で食堂を見つけて入って食べるのは
時間的に難しく、テイクアウトの
惣菜類を色々買ってきて
駅の待合室で食べる昼食が
もっとも都合が良かった。🥢😃
40分間の乗り継ぎの時間は
テイクアウトの昼食を買ってきて
食べるちょうど良い時間だった。😋
お腹を満たして改札が開くのを待ち、
桑名行き電車に乗車して、
次の駅舎のある石津駅へ向かった。🚊
 
駒野駅の2駅先の石津駅は、
小ぶりな駅舎が建っているが、
これまでに立ち寄ってきたより
明らかに小さくコンパクトな駅舎だった。🏚️
次の桑名行き電車までの40分間、
石津駅に籠もっていても仕方がなく、
駅の南西側に鎮座する
杉生神社を見に行く。⛩️🚶
鳥居の先に養老鉄道線の踏切があり、
その奥が境内になっている。⛩️
そしてケヤキのご神木を見て、🌳
その先の本殿の方へ行った。⛩️
この杉生神社はいつ創建されたかは不明で、
由緒書の石碑には、1100年代すなわち
桓武平氏が台頭した頃に平家の武士が
社殿を建てた旨が書かれていた。⛩️
地域の郷社だが、900年以上の歴史を持つ
文化財的な神社なのだなと思った。🫠
 
この杉生神社の前の石津駅の駅名は、
明治時代にこの辺りの揖斐川(右岸)と
養老山地に挟まれた一帯の村々が
合併して郡名の石津を名乗った名残。🚉
もともと美濃国の南西隅一帯にあった
石津郡は、現在の養老町域にあたる
多芸(たき)郡を挟んで広がっていたのが、
1879年(明治12年)に上下2郡に分かれた。
上石津郡は多芸郡と合併し養老郡になると、
大半が養老郡上石津町にまとまって、
さらに大垣市に飛び地として編入合併した。
そして下石津郡は東隣の海西郡と
安八郡(一部)と合併して海津郡になった。
1954年(昭和29年)には海津郡内の
揖斐川右岸一帯の町村と養老郡下多度村が
対等合併して海津郡南濃町に、
そして2005年(平成17年)には
海津郡の3町が合併して海津市になった。
すなわち駅名の石津は、集落名ではなく
明治以前の郡の名称で、
石津駅などの住所はもともとの村名の
「太田」になっている。
 
杉生神社を見て回ったら石津駅へ戻り、
駅舎で少し待って桑名行き電車に乗車した。
次に行く駅は三重県に入ってすぐの多度駅
養老鉄道線は、美濃松山駅の先の
国道258号線をアンダーパスする箇所で
岐阜県海津市から三重県桑名市に入り、🛤️
多度川を渡って多度駅に至る。
桑名市に合併する前の桑名郡多度町の
玄関駅であり、古来多くの人々の
信仰を集める伊勢国二之宮の
多度大社の最寄り駅でもある。⛩️
そのため、駅名標には多度大社の
上げ馬神事で出される神馬を
モチーフにしたものがある。
駅舎多度大社本宮を意識した
つくりだろうか。⛩️
ただし、から多度大社までは
2km近い距離と複雑なルートで、
駅前市街地から多度川を越えて
西方向へ1km以上進んだ先に
多度大社の境内がある。⛩️
歩くにはハイキング覚悟でないと
ちょっと遠い距離だと思える。
 
今回多度駅に降り立ったのは、
駅舎を見る目的だけでなく、
の南西600mの場所にある
日帰り天然温泉の「神馬の湯」
旅の終わりの方で入浴に行くことも
大きな目的だった。♨️
多度駅の先の養老鉄道線には
駅舎のある駅としては下深谷駅
JR近鉄との共同駅の桑名駅もあり、
「神馬の湯」にはどのタイミングで
入浴に行こうか思案していた。🙄
桑名駅まで3駅乗り継いだ後では
時間が遅くなり、5月3日の祝日で、
時間が遅くなれば遅くなるほど
神馬の湯はどんどん混雑してしまう。
そのため最初に多度駅に降り立った
タイミングで神馬の湯へ行こうと、
駅舎から多度駅の駅前に出ると、
多度大社とは反対方向の南へ歩き、🚶
白い大鳥居をくぐる三重県道26号線を
300mほど進んで神馬の湯へ行った。
4年前に三重県道26号線沿いに開業し、
昨年クルマでも訪れていたが、♨️
養老鉄道線多度駅のすぐ先と分かり、
今回の養老鉄道線の乗り継ぎ旅の
最後の方で是非行きたいと思った。😃
多度の門前町の南側の山を越える
三重県道26号線沿いの神馬の湯は、
多度駅からは登り坂になるが、
から近いので苦にならなかった。
神馬の湯の施設はやはり混雑していたが
スムーズに入浴出来て、
旅の疲れは充分に癒やすことが出来た。🤗
 
多度駅へ、下り坂を楽に進んで戻る。🚶
駅前の和菓子店「大黒屋」で
多度土産の「八壷豆」を購入して、🎁
駅舎電車の時刻を確認したら、🚊📝
大垣方面電車は10分以内に来るが、
桑名方面は30分以上待つことになると
分かって、大垣方面へ戻ることにした。
時刻は16時を過ぎていて、このまま
下深谷駅桑名駅に行っていたら
JR経由岐阜駅へ帰る時刻が
19時も大きく回ってしまうと考えて、🕖️
今回の養老鉄道線の旅はここまでにした。
下深谷駅桑名駅には、
桑名駅から近い桑名市博物館
企画展「松平定信と江戸文化」を
5月24日から開催するので、その見学の
行き来の際にも立ち寄れたらと思う。
 
 
養老鉄道線は、大正初めの開業当初から
国営化されずずっと民営で運行してきて、
国内最大手の民鉄の近鉄の路線の時代も
その前身の参宮急行電鉄から続いたためか、
国鉄から第三セクター化した路線とは
駅の運営方法も電車の運行も違うと思った。
そして小さな集落の無人駅でも
利用客が少なからずいて乗降がある。
大垣と桑名に直結していることも大きいが、
地域の基幹の交通機関として
地元民から認識されているのだなと思った。🤗