<意識>とは何だろうか (A-18d) | 松野哲也の「がんは誰が治すのか」

松野哲也の「がんは誰が治すのか」

治癒のしくみと 脳の働き

 理論の提唱者は、自らの理論に欠陥があったとしても認めないことがあります。認めたとしても、思い入れが強い場合、解決策を客観的に導くことが難しいのかも知れません。

 

 たとえば、「量子もつれ」の概念を提唱したエルヴィン・シュレーディンガーは、自らつくった波動関数の元来の解釈 ー 物質波の力学的運動を表すとの解釈 ー に拘泥しました。実験によって当初の解釈とは異なる結果が示されたにもかかわらず。1952年の論文、「Are There Quantum Jumps? (陽子飛躍は真実あるのか?)」では、量子の遷移について、ボーアやハイゼンベルクによる散発的な概念を否定して、連続的な説明の必要性を訴えています。

 

 また、同じくパウリも、晩年、自らが尊ぶ自然の一部に固執しました。他者の理論に対して批判的な姿勢を貫いたように、対称性こそ宇宙の原理とする考えに頑なにこだわり続けたのです。

 その森羅万象をシーソーに見立てた宇宙観ではすべてのものが対をなします。1方のスピンがアップであれば他方のスピンはダウンを示す。正の電荷を引き付けるのは負の電荷だ。シンクロ二シティのもたらす非因果性は、因果性に背反する。未来から過去への時間方向は、過去から未来への時間方向とペアを組む。実物は鏡像と相反する。

 ピタゴラス、プラトン、ケプラーと受け継がれてきた思想を汲み、パウリは対称性の中に真理を求めたのです。保存則と結びつき、自然界において非局所的な基本作用を導く対称性は、パウリにとって決定論の司る世界を補完すると同時に、新たな真理を示唆するものだったのです。それゆえパウリは、対称性に基づく統一的理論の構築に執念を燃やしたのでした。事実、特定の弱い相互作用においてバリテイ(空間反転的鏡像)対称性の破れが実証されても、1年後輩のハイゼンベルクの統一的理論を支持し、追い続けたのです。他の物理学者から矛盾点を指摘され、断念することになるのですが。

 

 

   地球に飛来する宇宙線から1950年代はじめに発見された新素粒子の中に、2種類の中間子(スピンが整数のハドロン(スピンが半整数のバリオンと、スピンが整数の中間子に大別される))が存在した。2種類の中間子は概ね同じ特徴を示したが、崩壊過程に差異が認められた。そして、発見された中間子とは別の3つの π(パイ)中間子に崩壊する種は「τ(タウ)中間子」、2つの π中間子に崩壊する種は「Θ(シータ)中間子」と名付けられた。いずれの崩壊過程においても、電荷量を含め、ほぼすべての物理量が保存されたが、空間的特徴だけは別だった。

 

 1956年、リー(Tsung-Pao Lee)とヤン(Chen Ning Yang)の2人の若手物理学者が、画期的な論文、「Question of Parity Conservation in Weak Interractions (弱い(核力)相互作用におけるパリティ対称性の真偽)」を発表して、τ(タウ)中間子とΘ(シータ)中間子が同じ粒子であると予想した。のちに同一粒子であることが実証され、k(ケー)中間子、またはケーオンと呼ばれるようになる。

  

 ともかく、τ中間子とΘ中間子の崩壊過程はお互いに全く同一ではなく、バリティ(空間反転的鏡像)対称的でもなかった。そのためリーとヤンは、電磁相互作用と強い(核力)的相互作用では必ず保存されるパリティ対称性が、特定の弱い相互作用では破れると推測した。コロンビア大学で研究するリーは、後に教授となる同僚の女性物理学者ウー(Wu Chien-Shing) に相談する。

 ウーのチームはワシントンにあるアメリカ国立標準局(NBS)(現アメリカ国立標準技術研究所)でコバルト60を絶対零度に近い超低温下で強い磁場に置いてスピンの重ね合わせを行い(偏光させ)、β崩壊を行わせ、放出される電子の方向を測定。原子核のスピンの向きに対して同一方向、もしくは反対方向に放出される電子の割合をそれぞれ求めたところ、測定結果に大きな偏りがあることを見出した。

 コバルト60は、まるで片面だけに散水するスプリンクラーのようだった。一方の芝生だけ水浸しで、他方の芝生は多少湿るといった具合に。全体的な対称性は保たれているにもかかわらず、電子の放出方向が非対称なのだ。バリティ対称性は破れていたのです。コロンビア大学に戻ってきたウーとそこにいるリーとランチを共にしたレオン・レーダーマンは先輩研究者のリチャード・ガーウインと指導する大学院生マルセル・ウインリッヒと共に、ミュー粒子(質量の高い電子のような素粒子)を使って実験を行ったが同じような結果を得た。ノーベル賞が贈られたのはリーとヤンの2人だけだったが。

 

 自然はβ崩壊に関して、対称性よりも偏りを好んだのです。

 

 

 CPT(荷電共役変換、パリティ変換、時間反転の3つの同時変換)対称性の保存は、現在まで、自然の真理として多くの支持を得てきました。しかし、その概念の一部に関しては例外の在ることも実証されたのです。それは、実際にフィッチ(Val Logsolan Fitch)とクローニン (James Watson Cronin)のニューヨーク郊外のブルックヘブン国立研究所での実験で実証されました。

 

 

 自然が織りなす純然たる対称性は何とはかないことでしょう。消えゆくひとかけらの雪。しぼみゆく晩夏のヒマワリ。時の流れもまた無常なのです。