特許無効による非侵害判断 | 知財アラカルト

知財アラカルト

医薬、バイオ、食品、化粧品、一般化学、高分子などの化学系分野に関する知財判決(主として特許と商標)や知財報道を取り上げ、その要点をコンパクトにまとめると共に、その要点についてコメントを付し、皆様方のお役に立つような情報として提供していきたいと思います。

平成28年(2016年)12月20日東京地裁46部判決
平成27年(ワ)28698号 特許権侵害差止請求事件

(平成28年(2016年)12月20日東京地裁46部判決
 平成27年(ワ)28467号 特許権侵害差止請求事件)

原告:デビオファーム、被告:沢井製薬

(原告:デビオファーム、被告:武田テバ)

 本件は、原告の保有するオキサリプラチン製剤(白金製剤、抗がん剤)特許は無効(進歩性欠如)であるから、被告製品(後発品製剤)は侵害しないとして請求棄却となった事件に関するものです。2件とも同じような事件で同じ判断です。

 なお、被告が異なる、本件と同じような事件が先に多数あり、そちらでも同様に侵害しないとして原告の請求は棄却されていますが(一つは本ブログでご紹介:http://ameblo.jp/nsipat/entry-12216306805.html)、それらは、構成要件を充足せず、本件特許発明の技術的範囲に属しないから非侵害と判断され、本件とは違った形で原告の請求が棄却されています。また、本件と同じような事件で、逆に侵害であるとして請求が認容された裁判では、本件特許は進歩性も有し、無効でないとも判断されています(本ブログでもご紹介:http://ameblo.jp/nsipat/entry-12144024630.html)。

最高裁HP:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=86408

(1)事件の概要
①原告の特許権(特許4430229号)
 本件特許は、発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」とするものであって、次のように分説される発明に関するものです。下線箇所は、未確定の訂正箇所。
A オキサリプラチン,

B 有効安定化量の緩衝剤および
C 製薬上許容可能な担体を包含する
D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
E 製薬上許容可能な担体が水であり,
F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
G 1)緩衝剤の量
が,以下の:
  (a)5×10(-5乗)M~1×10(-2乗)M,
  (b)5×10(-5乗)M~5×10(-3乗)M
  (c)5×10(-5乗)M~2×10(-3乗)M
  (d)1×10(-4乗)M~2×10(-3乗)M,または
  (e)1×10(-4乗)M~5×10(-4乗)M

  の範囲のモル濃度である、
H pHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは
I  2)緩衝剤の量が,5×10(-5乗)M~1×10(-4乗)Mの範囲のモル濃度である,組成物

②被告製品
 被告各製品は,いずれもオキサリプラチン及び水を包含し、構成要件Gの規定するモル濃度の範囲内のシュウ酸が存在しているが,これらのシュウ酸はいずれも外部から添加されたものではなく、また、pHの値は構成要件Hに規定される範囲内にある。
③争点
1)技術的範囲への属否
2)無効理由の有無
  新規性欠如、進歩性欠如、実施可能要件違反

(2)裁判所の判断
 裁判所は、概ね次のように認定し、本件特許は無効と判断しました。
1)新規性欠如について

①本件発明等と乙7発明を対比すると,シュウ酸の量につき,本件発明等が構成要件Gに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙7発明がこれを特定していない点で相違するから,本件発明等は乙7発明との関係で新規性を有するものと認められる。

②被告が提出する追試結果は、正確な再現結果とはいい難い

 したがって、被告が提出する追試結果に基づいて乙7の1公報に本件発明等のオキサリプラチン溶液組成物の記載があると認めることはできない。

2)進歩性欠如について

①本件発明等と乙7発明(国際公開96/04904)は、オキサリプラチン水溶液に包含されるシュウ酸の量につき,本件発明等が構成要件Gに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙7発明がこれを特定していない点で相違するので,以下,乙7発明に接した当業者において上記相違点に係る構成に至ることが容易か否かについて検討する。

 各認定事実によれば、少なくともオキサリプラチンの濃度を5mg/mlとしたオキサリプラチン水溶液を乙7の1公報に記載された条件に準じて調製すれば,調製条件に多少の差異があったとしても,構成要件Gに規定するモル濃度の範囲内のシュウ酸を含有するオキサリプラチン溶液組成物が生成されると認められる。そして,乙7発明におけるオキサリプラチンの濃度が1~5mg/mlの範囲に設定されていること,乙7発明のオキサリプラチン水溶液についてシュウ酸の濃度が測定されていたことからすれば,オキサリプラチンの濃度を5mg/mlとするオキサリプラチン水溶液を調製してこのシュウ酸の濃度を測定することは当業者にとって容易であるということができる。また,上記の各測定の経過をみても、シュウ酸のモル濃度を構成要件Gに規定されている範囲内とすることが格別困難であるとはうかがわれない。さらに,本件明細書の記載上,緩衝剤の濃度を上記範囲とすることに何らかの臨界的意義があるとは認められない
 そうすると,乙7発明に接した当業者がオキサリプラチンの濃度を5mg/mlとしたオキサリプラチン水溶液を調製し,そのシュウ酸のモル濃度を構成要件Gに規定する範囲内のものとすること,すなわち本件発明等と乙7発明の相違点に係る構成に至ることは容易であったというべきである。したがって,本件発明等は進歩性を欠くものと認められる。

②原告は,乙7発明はシュウ酸を不要な不純物としている発明であるのに対し,本件発明等はシュウ酸の量によって安定性を実現した発明であり,技術思想が異なるから進歩性は否定されない旨主張する。
 そこで判断するに、乙7発明はシュウ酸等を包含したオキサリプラチン水溶液と認定することができるのであり,本件発明等のシュウ酸は水溶液中で分解したもので足りるという原告の主張を前提とする限り,本件発明等と乙7発明はシュウ酸を包含するという構成を備えた組成物(オキサリプラチン水溶液)であるという点で一致しているから,乙7発明の発明者がシュウ酸を不純物と認識していたことは本件発明等の進歩性の判断に影響しないというべきである。また,乙7の1公報においてシュウ酸が不要な不純物とされている点は,シュウ酸を添加することを要する発明に至る上では阻害要因となるとしても,シュウ酸の添加を不要とみる以上は本件において阻害要因となるものでない。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。


(3)コメント

①本事件では、本件特許は無効であるから侵害しないと判断されたわけですが、昨年の10月終わりから12月初めにかけて出された同様な事件の判決では、本件特許は無効であるか否かはさておき(少し傍論的に見解は示されているが)、本件特許発明の技術的範囲に属しない(構成要件を充足しない)から非侵害と判断されていました。

 同じような事実関係でありながら、今回とは非侵害とする根拠が異なっています(構成要件充足性の方が優先判断されたり、特許の有効性が優先判断されたりと)。担当部門の裁判所が同じ場合でさえ(例えば、46部)、非侵害の根拠が違っています。この違い、優先順位は良く分かりません。恣意的なものを感じます。民事裁判ですから、技術的範囲の属否が優先して判断されるのが妥当なような気もしますが・・・。

 法律上無効の抗弁が認められているとしても、民事訴訟で特許が無効と判断されると、特許の登録性、即ち行政訴訟(特許庁での無効審判)でも無効と判断されるのかな、と多くの方は想像されるのではないでしょうか。勿論、それぞれ独立していますので、行政訴訟では有効と判断されても良いわけですが、仮に民事訴訟と行政訴訟とで判断が分かれると、裁判所の判断プロセスへの信頼性が揺らぐように思われます。もし、両方が知財高裁に係属すれば(既に係属しているかも)、おそらく統一された判断が示されるのではないかと思います。

②本件では、本件特許発明がモル濃度を規定するのに対して、先行発明がこれを特定していないから、新規性ありと判断されたわけですが、一般に、先行文献に記載されていない事項を、記載されている、あるいは記載されているに等しいと認定してもらうのは、非常に難しいものがあります。本件も例外ではありませんでした。先のブログ(http://ameblo.jp/nsipat/entry-12144024630.html)でも記載しましたが、日本では内在性論(inherency)ないし不可避論(inevitability)から新規性なしと判断され難いように思われます。

 それでも、先行発明の追試実験を正確に行うことができれば、内在性論等から新規性なしと判断される可能性はあると思います。本件でも被告はそれにチャレンジしたわけですが、残念ながら、再現結果は正確でないと認定され、新規性を否定するまでには到りませんでした。

③しかし、本件では、進歩性はないと判断されました。いずれにしても特許性なしとの判断は個人的には妥当ではないかと思います。実質的相違点と思われる数値は、単なる設計事項の域を出ないように思われるからです。本件特許発明のポイントが、オキサリプラチン水溶液におけるシュウ酸の意義(安定性への関与)の新たな発見にあれば、分解により自然発生するシュウ酸(解離シュウ酸)を、技術的範囲に含まれないよう、可能であればクレームから文言上、除かれれば明確になるのですが・・・。

④本件でもう一点ユニークなのは、同じような事実関係において、同じ東京地裁の46部が、先の裁判では進歩性を欠如するとは言えないと判断し(上記ブログ参照)、今回の裁判では進歩性を欠如していると、全く正反対の判断をしている点が挙げられます。先の判決は、控訴審の知財高裁で否定されましたから、正反対の判断でも当然かもしれません。ひょっとすると、先の判決で進歩性ありとした前提根拠が知財高裁で否定されたことから、進歩性判断を明確に修正すべく、技術的範囲の属否より特許無効(進歩性欠如)の判断を優先されたのかもしれません。

 いずれにしても、本件特許にまつわる一連の裁判は、1年も満たない間で右往左往しているようであり、非常に珍しいケースと思います。行政訴訟の有無は未だ見受けられませんが、民事訴訟における知財高裁での判断もあり、収束の方向にあると思われます。

 本件に関わる会社の知財担当者ないし法務担当者のご苦労が目に浮かびます。

 

以上、ご参考になれば幸いです。