結晶多形の特許性 | 知財アラカルト

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平成29年(2017年)2月14日知財高裁4部判決
平成28年(行ケ)10112号 審決取消請求事件


原告:ナンジン キャベンディッシュ バイオ-エンジニアリング テクノロジー、X

被告:特許庁長官

 本件は、結晶多形の特許出願につき、拒絶査定不服審判の請求(不服2014-15527号)に対して、補正却下の上で拒絶審決を行った特許庁の判断が、知財高裁で支持された事件に関するものです。

最高裁HP:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=86506


(1)事件の概要
①本件特許出願(特願2012-535589号)
 本件特許出願は、発明の名称を「3-(置換ジヒドロイソインドール-2-イル)-2,6-ピペリジンジオン多結晶体及び薬用組成物」とする国際出願経由の特許出願であって、補正後の請求項1(本願補正発明)と補正前の請求項1(本願発明)は、次の通りです。

 

[本願補正発明] Cu-Kα放射を使用したX線回折図が下記の回折ピークを有する,

3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-2H-イソインドール-2-イル)ピペリジン-2,6-ジオン半水和物の多結晶体I。

 

[本願発明] 3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-2H-イソインドール-2-イル)ピペリジン-2,6-ジオン半水和物の多結晶体Iであって,/Cu-Kα 放射線を使用し,そのX線回折図は,強度で示される2θが11.9±0.2,15.6±0.2,22.5±0.2,23.8±0.2,26.4±0.2,27.5±0.2,29.1±0.2及び22.0±0.2において回折ピークを有する,多結晶体I。

 

②特許庁の判断(審決)

 特許庁の判断は、概ね下記の通りです。

 1)本願補正発明は,(ア)特表2007-504248号公報(甲1)に記載された発明(引用発明)であるから,新規性がなく,(イ)引用発明及び周知例に記載された技術常識から進歩性がない

 2)本願発明は,これを減縮した本願補正発明と同様に,引用発明及び上記技術常識から進歩性がない。

 

(2)裁判所の判断

 上記特許庁の判断に対して、知財高裁は、概ね次のように判断し(新規性はないとはいえないが、進歩性は有しない)、特許庁の審決を支持しました。

①本願補正発明の新規性について

 粉末X線回折パターンの比較による結晶の同定に当たっては,回折角及び回折X線の相対強度を比較すべきであり,回折ピークの数位置及び強度は,いずれも同様に重要なパラメータである。
 引用発明における図6の2θ値,強度及び相対強度は,2θ値については,本願補正発明における表1の2θ値と大差はない。すなわち,粉末X線回折パターンにおいて,回折ピークが存在する位置は,表1と図6とでおおむね同じといってよい。
 しかし,各回折ピークの高さを表す相対強度は,本願補正発明における表1と引用発明における図6とで相当に異なる
 したがって,本願補正発明に係る結晶と引用発明に係る結晶の各粉末X線回折パターンとの間には,おおむね同じ位置(2θ値)に存在する回折ピークであっても,その高さ(相対強度)が異なるものがあるということができる。そして,粉末X線回折パターンの比較による結晶の同定に当たり,回折ピークの強度は,回折ピークの数や位置と同様に重要なパラメータであるから,本願補正発明に係る結晶と引用発明に係る結晶は同一の結晶ということはできず,よって,本願補正発明は,引用発明と同一のものとして特許法29条1項3号に該当するということはできない。

 

②本願補正発明と引用発明との相違点に係る容易想到性について

1)本願補正発明と引用発明との一致点
  化合物Pの半水和物の結晶である点
2)本願補正発明と引用発明との相違点
 本願補正発明に係る結晶は,Cu-Kα放射を使用したX線回折図が,表1記載の19個の2θの数値及びその2θの数値ごとに特定の数値のFlex幅,d-値,強度及びL/LOである,回折ピークの組を有する,化合物Pの半水和物の多結晶体I(すなわち,結晶多形のうちIと称する結晶)であると特定されているのに対し,引用発明に係る結晶は,図6で代表される,約16,18,22,及び27度の2θに回折ピークを有するCu-Kα放射を使用したX線回折図を与える,化合物Pの半水和物の形体Bの結晶である点

3)動機付けについて
(ア) 周知例2の化学便覧には,「おもな結晶特性は,晶癖・粒径・粒径分布・純度・多形・結晶化度である。これらの特性が異なれば,溶解度・溶解速度・安定性…などが異なり,医薬品ではとくにバイオアベイラビリティ(生物学的利用率)が異なることから,結晶特性の制御は非常に重要である。」との記載があることから,①結晶多形は,晶癖や粒径等と共に主な結晶特性の1つであり,結晶特性が異なれば,溶解度や安定性等が異なってくること,②特に医薬品の場合は,結晶特性によってバイオアベイラビリティ(生物学的利用率)が異なるので,結晶特性の制御が重要な意義を有することは,本件優先日当時において技術常識であったものと認められる。
 そして,引用例には,「発明の分野」として「本発明は,化合物Pの多形相…並びに制限されないが炎症性疾患,自己免疫疾患,及び癌を含む疾患及び状態を治療するためのこれらの使用方法に関するものである。」(【0002】)との記載があることから,化合物Pの結晶を医薬品として用いることは明らかであり,引用例に接した当業者は,上記技術常識を踏まえて,結晶多形を含む主な結晶特性に注目するものということができる。

 

 本件優先日当時の当業者は,これらの記載に接して,前記(ア)の主な結晶特性のうちとりわけ結晶多形に着目し,①化合物Pには,溶解性,安定性,バイオアベイラビリティなど医薬品において特に重視される性質が引用発明に係る結晶よりも優れた異なる構造を有する結晶が存在し得ること,②そのような結晶を,溶媒再結晶化等の公知の方法によって製造するとともに,X線粉末回折法等の周知技術によって検出し得ることを認識するものといえる。 したがって,引用発明に接した当業者は,上記の医薬品において特に重視される性質がより優れた異なる構造の結晶を求めて,さらに溶媒再結晶化等の公知の方法による化合物Pの結晶の製造及びX線粉末回折法等の周知技術による検出を試行する動機付けがあるものというべきである。

4)化合物Pの結晶の製造及び検出について
(ア)結晶の製造に関する本件優先日当時の技術常識について
 引用例において,溶媒再結晶化は,結晶を得るための公知の方法の1つとして例示されており(【0010】),また,「実施例」としても「形体Bを,溶媒ヘキサン,トルエン,及び水から結晶化することにより得た。」(【0048】)など溶媒再結晶化により化合物Pの結晶を得た旨の記載がある。
 周知例2から5によれば,溶媒再結晶化に関し,①結晶性物質を溶媒に溶解し,適当な方法で再び結晶として析出させる操作を指し,温度による溶解度の相違を利用して高温の飽和溶液を冷却する方法等のほか,溶液に他の適当な溶媒を加えて溶解度を減少させる方法もあること,②同方法において,結晶性物質の溶液に,その溶液とは容易に混合し合うものの,当該結晶性物質との親和性は低い溶媒(貧溶媒)を添加することによって結晶を析出させる貧溶媒晶析という操作があり,医薬品中間体等の製造に多用されること,③溶媒の選択に一定の規則があるわけではなく,試行錯誤により選択するのが基本であるが,溶媒によって異なる多形が析出する場合が多いことから,重要な溶媒については混合溶媒も含めて,どのような結晶が析出するか点検する必要があること,④通常,水素結合性や極性を考慮すれば,ヘキサン,ベンゼン,酢酸エチル,アセトン,エタノール,水の6種の溶媒から選択すればよく,水とエタノールとの組合せは,多用されること,⑤結晶多形は,溶媒の種類の他,温度,冷却速度,過飽和度,かくはん速度,不純物等の影響も受けることは,本件優先日当時において技術常識であったものと認められる。

(イ) 本願補正発明に係る結晶の製造について
 本願補正発明に係る結晶は,①化合物Pをジメチルホルムアミド(DMF)又はジメチルスルホキシド(DMSO)の溶液に加え,かくはん下で加熱して溶解させる(ステップ⑴),②純化水又は純化水と化合物Pが溶けないかやや溶けるにとどまるエタノール等の有機溶媒との混合溶剤系を滴下する(ステップ⑵),③かくはん下で温度を徐々に下げて固体を析出させる(ステップ⑶)及び④析出した固体を回収し,減圧真空乾燥する(ステップ⑷)というステップを含む溶媒再結晶化法によって得られるものであるが,前記(ア)のとおり,溶媒再結晶化法は,引用例にも結晶多形を得るための公知の方法の1つとして例示されており,ステップ⑵のように,結晶性物質の溶液(ジメチルホルムアミド又はジメチルスルホキシドの溶液に化合物Pを溶解させたもの)に,その溶液とは容易に混合し合うものの,当該結晶性物質(化合物P)との親和性は低い溶媒(貧溶媒)を添加することによって結晶を析出させる貧溶媒晶析も,医薬品中間体等の製造に多用される操作として本件優先日当時の技術常識であったものと認められる。 したがって,引用発明に接した当業者は,引用例の記載及び本件優先日当時の技術常識を踏まえて,さらに化合物Pの結晶多形の製造を試行する過程において,貧溶媒晶析の操作を採用し,結晶多形に影響を与える要因とされる溶媒の種類,温度,冷却速度,過飽和度,かくはん速度,不純物等を適宜選択・調整することにより,本願補正発明に係る結晶を製造し得たというべきである。
 そして,当業者は,結晶多形の同定に通常使用される有用な手段であることが本件優先日当時の技術常識として確立しており,引用例の【0010】にも結晶多形の検出・同定等をすることができる周知技術の一例として挙げられている粉末X線回折法を用いて上記結晶を検出し得たものということができる。

5) 原告らは,対象化合物の結晶形及び形成可能な条件予測不可能なものであり,結晶多形の分野において,動機付けがあることと実際に結晶を得ることができることとを単純に結び付けることはできない旨主張する。
 しかし,引用発明に接した当業者には,溶解性や安定性など医薬品において特に重視される性質がより優れた異なる構造の結晶を求めて,さらに溶媒再結晶化等の公知の方法による化合物Pの結晶の製造及びX線粉末回折法等の周知技術による検出を試行する動機付けがあったということができる。確かに,当業者は,引用発明から直ちに本願補正発明に係る結晶の構造及びその製造方法を具体的に想定し得たとまではいえないものの,上記動機付けに基づき,公知の方法による化合物Pの結晶の製造及び周知技術による検出を試行する過程において,本件優先日当時において技術常識ないし周知技術であった貧溶媒晶析の操作及び粉末X線回折法によって本願補正発明に係る結晶を製造・検出し得たといえるのであるから,本願補正発明を容易に想到し得たものというべきである。

6)顕著な効果の看過について
 原告らは,本願補正発明に係る結晶の製造方法は,引用例及び周知例2から5に接した当業者であれば回避するジメチルホルムアミド及びジメチルスルホキシドを溶媒として用いて結晶化を行い,その結果得られる上記結晶は,安定性が高く,また,残留溶媒がほとんどないという顕著な効果を奏するにもかかわらず,本件審決は,これを看過した旨主張する。
  しかし,引用例及び周知例2から5に接した当業者が必ずしもジメチルホルムアミド及びジメチルスルホキシドを溶媒として使用することを回避するとはいい難い

7)以上によれば,本件審決は,引用発明の認定に誤りがあり,本願補正発明に新規性がないとした点においても誤りがあるが,本願補正発明に進歩性がないとした点には誤りがない。よって,本願補正発明は,特許法29条2項に該当する。

 

(3)コメント

①本判決によれば、出願発明に係る(最終的な)結晶形の構造やその具体的な製造方法までが、引用発明から容易に想到しえなくても、そのような結晶形を得ようという動機付けが優先日当時の当業者にあると考えられれば、進歩性は否定されうるということだと思われます。当業者にやってみようとの動機付けがあれば(いわゆるobvious to try)、やってみた結果の結晶形はどうであれ、ダメ(進歩性なし)ということと思います。この判断は、最近の裁判所の傾向であるように感じますが、欧米では、そこまで行っていないように思われます。

 裁判所は、動機付けを重視し、その結果物は二の次にしていると思われますが、特許庁は、これまで、どちらかと言えば結果物に重点をおいて、進歩性を判断していたと思います。本事件では、特許庁も裁判所と同様に判断していることに意義があると思います。

 なお、製造方法が容易想到でなかったり、結果物自身に顕著な効果、意外な効果があれば、それはそれで進歩性が認められる可能性があります。本件では、その製造方法の非容易性も顕著な効果も認められませんでした。

②本事件は、結晶多形に関するものですが、同様のことが、医薬品の安定性に関わるpHや濃度、添加物などにも言えるかもしれません。安定で、分解物(副作用の原因にもなりうる)の少ない医薬品を提供することは、製薬メーカーの社会的使命であると思いますし、そのために各種パラメーターや添加物を適宜検討し、選択することは、当業者の通常の創作能力の発揮と考えるからです。

 

以上、ご参考になれば幸いです。