トーマス・モアの時代、『羊が人間を食べる』と表現された『囲い込み』の現象と命名がなされていたイングランドでしたが、やがてジョン・ロックの『ガヴァメント論・二篇』(1689) になりますと、初期土地所有における労働価値説と絡んだ囲い込みについての説明(第五章・所有権について)もなされたイギリスです。

そして18世紀に入りますと、フランスのルソー(スイス・ジュネーヴ出身)もロックと似た観点に立った『不平等起源論』(1755) を著したが、そこにはイギリスの『囲い込み enclosure』とフランスの『不平等 inegalite』という注目点の違いと、そこから派生している現実解釈における図式の違いが感じられます。

ロックは、『全人類の同意』が働いていないことを考慮に入れながらも、もし占有権利を約束した開墾を行わなかったならば貧窮状態に至ったであろうことから、旧約聖書にありがちな神によって認められた開墾の労働価値として説明している雰囲気にあります。(労働価値を広め始めたという【歴史的事実】の領域を明確に確保せず、ただ労働価値の発生を【必然的正当性の発見】のように説明している)

しかしルソーの場合、あくまでも『全人類の同意』が大前提であり、労働価値の発生を富者が自らを守るために発案した市民実定法(全人類の同意ではない、該当集団による契約的同意)と考え、新たな実定法よって私有と不平等の法律が維持継続されて来たと見なしています。

つまりロックは労働私有価値を『神による自然法』(発見) のように説明し、ルソーは『富者の発案による実定法』(発明) のように説明したと簡単に整理できよう。またイギリスのロックの特徴が『囲い込み』の発生と命名に影響を受けたのにたいして、フランスのルソーの特徴はカルヴァンの選別予定説に問題を見た『不平等』の理論のように思えて来ます。(カルヴァンはフランスからジュネーヴへ向かい、ルソーはジュネーヴからフランスへ向かった)

社会契約論と自由観

前記事の寛容を含めて労働価値説においてもイギリスとフランスの考え方の違いが見え隠れしており、またそれが近代資本主義の発生にも深く関係していると思えるがゆえに、ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義精神』を補足する観点になりえるだろうと考えられるのだ。

習慣的持続と資本主義精神

こうしてイギリスの『囲い込み』の発生と命名(発生だけでなく、命名されたことを含む)に、近代資本主義体制の先行発生を想定するわけだが、それは『分業』についての考え方にも繋がっていよう。

明らかに『不平等』を強調したフランスのルソーには『分業』の解釈が不足している。やがてイギリスのアダム・スミスの『国富論』(1776) では分業効果の強調(一篇三章まで)から話が進められ、フランスのデュルケームの『分業論』(1893) では化学を参考にした無機的連帯と有機的連帯で説明されていますが、スミスが分業効果を共有的に参考にした上で政治議論を行う必要性を示しているのにたいして、デュルケームの場合、管理的な社会指導者へ向けた未だ内容が定まっていない『有機的連帯』という名の指針書に見えてしまうのである。

いずれによ、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義精神』第二章・二でもバクスターの解釈にアダム・スミスの分業イメージを彷彿させる点が少ないと言われているとおり、近代資本主義体制の発生にイギリスの『囲い込み』や労働価値説の働きを想定しておきたい。