保存則が確立されたことで、物理学は驚くほどシンプルに自然を描写できるようになりました。
たとえば力学的エネルギーの保存則を使えば、ジェットコースターの動きを説明できます。ジェットコースターは、エネルギーの総和を維持したまま、下降するときには位置エネルギー(重力によるエネルギー)を運動エネルギー(物体の運動によるエネルギー)に変換し、上昇時には、運動エネルギーを位置エネルギーに変換することでエネルギーの総和が保たれ、最終時にそれは元の高さに戻ります。
このように、一連の動きを首尾よく説明できるのです。もっとも、現実には、レールとの摩擦を考慮しなければならないでしょう。摩擦があると、力学的エネルギーの一部が失われ、それがもとの高さに戻ることはありません。しかし、ジェットコースター通過後のレールに触れてみれば、熱を感じます。そのため、熱として失われたエネルギーを一切漏らさずに計算すれば、エネルギーの総和 ー 力学的エネルギーと熱のエネルギーの合計 ー は保存されるのです。
ジェットコースターの車両を素粒子に、レールをLHC(Large Hadron Collider: 大型ハドロン衝突型加速器)に置き換えてみましょう。実験対象の粒子は、一般に、LHCによって光速近くまで加速され、相対論的質量を得ることになります。質量とエネルギを等価とするアインシュタインの有名な方程式に照らせば、増加した質量はエネルギーの別の形としてみなすことができます。よって、(質量を含めた)エネルギーの総和は変わらないのです。
しかし、ミクロの世界では、いわゆる「真空のゆらぎ」という現象において、エネルギーの保存則に破れが生じます。ハイゼンベルクの不確定原理に従えば、極めて簡明で存在する(時間が特定される)粒子に関しては、エネルギーの値が揺らぐため、一時的にエネルギー保存則が破られます。無の状態から自然に生まれ、極めて短時間だけ存在し、再び無に帰す粒子が存在するのです。
通常、真空の量子ゆらぎで現れるのは、1つはプラスに、もう1つはマイナスに帯電する対をなす荷電粒子です。たとえば電子であれば、ペアで出現する陽電子です。荷電(この場合は電荷)の保存則が成立するためです。
保存則の成立は、遠隔地における非因果的な相関の可能性を示唆するものでした。
例えば全長数キロメートルにも及ぶ巨大な宇宙船が、はるか遠方の宇宙空間を移動しているとしてみましょう。周辺領域には宇宙船以外に物体が存在せず、天体の重力による空間の歪みも認められません。このように外部の力による影響がなければ、宇宙船の線形運動は保存されます。したがって、速度は一定です。ですから、宇宙船の先端の速度を計算すれば、後端の速度もたちどころに決まるはずです。要するに、因果関係によらなくても、遠隔地の情報は即座に得られるはずなのです。
しかし実際は、宇宙船は原子の巨大な集合体です。船体を構成する原子1つ1つは熱のやり取りを通じて無秩序に振動しています。そのような系では、船体のどこをとっても同じ速度というわけではありません。但し、船体を絶対零度(マイナス273.15
℃)に冷やすことができれば、先端から後端まで一様に相関を示すでしょう。もしくは、量子コヒーレンス(すべての要素が足並みそろえて、一貫性のある一定の量子状態をとる現象)を呈する素材でつくられているならば、宇宙船は完全に一体化します。量子コヒ-レンスや非粘性状態にある物質は、超伝導や超流動といった現象を現すのです。
1950年代以前、対象性と保存則の両者は、切っても切れない関係にありました。
to be continued