<<ブログ 314>>
やめませんか
「煽り報道」そして「手のひら返し報道」
マスコミのみなさまへ
「事実」のみを伝えませんか
もし「事実と断言できない『私見』を報道する』のであれば
自らの「立場」「考え方」を明確に提示してから「報道」してください
「批判」すればいい、このスタンスは絶対に止めていただきたい
そして
「ワイドショー」やめませんか
~私の想い~ by 入道
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今回も秋葉原を基地として世界に向けての羽ばたきをされておられる
私とちょっとだけ?歳の離れた友達、画家の田中宅様さんが
ご厚意で素敵な挿絵を画いてくださいました。
拓馬さん、ありがとうございます。
田中拓馬さんのショップを訪ねていただければ、と思います。
http://tanakatakuma.com/
https://ttakima.thebace.in/
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●コロナ禍の状況で初めて迎えている年末年始。
●寒さが厳しくなるのに連動して感染の勢いを増してきているコロナ。
感染第三波・・・その状況の中で新聞・テレビ・ラジオ・・週刊誌・・昨今の報道の仕方、報道各社の「報道姿勢」がとってもとっても気になってきています。
挿絵は田中拓馬画伯 画
●その私の想いを記していくまえに今回は「こうして欲しい」の私の勝手な「想い」を先に箇条書き的に記したいと思います。
「7つのこうして欲しい」(順不同)
★感染者数等コロナに関する報道はテレビ・ラジオ共に「番組表の『ニュース』の時間」のみとする。(一日のどこでテレビをつけてもコロナコロナそしてコロナ・・・これでいいのでしょうか。世の中はコロナだけなのです?)
★報道する時は、人の心を煽るような言動を、そして表情をすることなく「事実のみ」を伝える。
責任をとらない勝手な「I Think So」はいらない
★報道する前に自分たちの報道姿勢を明確に伝える。
(現政権は嫌いです、変えた方がいい、これが私たちの姿勢ですetc etc)
★テレビの「ワイドショー」ではコロナに関することは事実を伝えるだけで勝手なコメントはつけない。
★報道したことに全く責任をとらない「ワイドショー」は止める
★アナウンサーでなく「私見」も言う(ニュース)キャスターは必要なのでしょうか。ニュースを伝えるのはアナウンサーとしませんか。
★出てはいなくなりまた新しい人が登場の「専門家」は本当に「専門家」にして、異なる意見の専門家と対にして報道する等で「報道の客観性」を確保する。
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●上の「想い」に至ったのは昨今の「GoTo」に関する取り上げ方。
◆コロナ感染が増えている状況で、多くのマスコミは「なんで菅さんは、政府はGoToを停止させないのか」との報道を続けていましたが、菅首相が「GoTo一時停止」を発表すると、その瞬間から今度は「GoToを停止するとこんなマイナスがある」「なんで停止するのか」とこれまでの自分たちの報道し続けてきた「言葉」と真逆の言葉を平気で使っている・・・・・。
◆まさに「手のひら返し」報道を平気でしているのです。これが日本の報道の一面なのです。
挿絵は田中拓馬画伯 画
◆なんでなのでしょうか?
◆寂しい、そして悲しいことなのですが、国民の心の「想い」に大きな影響を与える報道なのに、いまの日本の報道の多くが・・・・「批判する」ことが自分たちの仕事であって「誉めること、認めること」は自分たちの仕事ではない、国民の心を煽る伝え方をする・・これが報道のスタンス、「報道姿勢」なのだと感じてなりません。
◆違う言い方をしてみると・・・・「批判すること」を「目的」として「報道」している、そう想うのです。そう感じるのです。
◆結果としてなのかも知れませんが、国民を「煽っている」のです。
★視聴者・・・一人一人の人たちが「自分で判断できるように『事実』だけを報せていく」これが報道のあるべき姿勢なのでは、と思うのですがいかがでしょうか。
★「報道」は決して「押しつけ」ではない、「押しつけ」であってはいけない、そう想います。
★勝手な「解釈」を世の中に発信してはいけない、もし発信するのであれば「冒頭」あるいは放送中も「現在放送している内容は正しいと保証できるものではありません」「どうか自己責任でご覧ください」等々のテロップを流しつづけていくべきなのでは・・。
●特にワイドショー番組で強く感じますが、今はNHK(受信料を取っている公共放送)番組も含めてワイドショーを意識してのことなのか?事実報道の後に、場合によっては事実報道よりも長い時間、「・・・と思います」「・・・としていただきたいと思います」「・・・どうなのでしょうか」等々、ワイドショーと比べれば「柔らかな表現」ではありますが、「事実」と断言することのできないも言ってみれば「私見」(局見?社見?)を全国に発信している、させているのです。
挿絵は田中拓馬画伯 画
●「報道の自由」あるいは「表現の自由」があるんだからいいじゃないか、と言われるかもしれません。
●でも、個人が物を書くとか、発言するとかの自由とテレビ・ラジオ・新聞、週刊誌と言ったいわゆる「マスコミ」の自由とは異なる、そう感じます。
●個人が・・・の場合には「私はそう想う」「私はそう考えている」がある意味自然についてきている、そう想うのですが、マスコミの場合は「これから放送することは私たちの考えることであり、場合によっては偏っているかも知れません」なんてコメントは全くなく、ある意味で視聴者が選択することなく一方的に情報を流されてしまっているのです。
●「自由」・・・前提があるのでと私はおもうのです。なんでもかんでも「やっていい」、ことではないと思います。
●「前提」それは「他人の心身を傷つけない」「人間としての「常識」から脱しない」「自己利益のためのものだけであってはいけない」等など、人間が社会で生きていくのことの「前提」と同じなのではないでしょうか。
★私たちは「社会」で「たくさんの人たちと一緒に」生きている、この「事実」から逸脱してはいけないと強く思っています。
★「報道」。報道は「報せ導く」。
となると絶対に必要なのは「どこに導こうとして報せているのか」「どこに導く意志を持って報せているのか」となります。
★ここを明確に社会のひとり一人に報せ、その上でニュースを報せていきませんか。お願いいたします。
今回も最終行にまでお眼をすすめていただきまして
ありがとうございます。
菅総理、菅内閣への支持率がものすごく落ちてきています
GoToコロナ対応、さくらを見る会、献金問題等々ありますが
やはり連日連夜のマスコミ報道が大きく影響していると
単純に感じます。
「どんな姿勢」「どんな想い」で「報道していくのか」「報道するのか」
やはり報道各社はその「姿勢」を明らかにしてから
報道して欲しい・・・正直に改めてそう思います。
ありがとうございます
にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ 入道(入村道夫)