【美味しんぼ】雁屋哲さんが語る福島の汚染、鼻血騒動~「低線量被曝を放置して『人間の復興』なし」 | 民の声新聞

【美味しんぼ】雁屋哲さんが語る福島の汚染、鼻血騒動~「低線量被曝を放置して『人間の復興』なし」

漫画「美味しんぼ」の原作者・雁屋哲さん(74)が23日、東京都国立市の一橋大学で講演を行い「低線量被曝を放っておく限り、福島での『人間の復興』はあり得ない」と語った。2014年4月28日に発売された週刊ビックコミックスピリッツ(小学館)での鼻血の描写を巡り「何万というバッシングを受けた」という雁屋さん。改めて「福島取材で鼻血は出たし、ものすごい疲労感だった」と強調。「福島では国土のさらなる破壊が進み、『人間の復興』などちっとも進んでいない」と怒りを込めて話した。



【内部被曝強いる「食べて応援」】

 今月も、2日間にわたって「チーム美味しんぼ」で相双地区を廻ったという雁屋さん。「私が見たものは復興どころではなく、国土の新たなる破壊だった」。

 飯舘村内に積み上げられたフレコンバッグ。中には、破れて雑草が生え始めているものもある。「こんな脆弱なもので放射性物質を管理できると思っていることがおかしい」。別の写真には、水田に別の場所の土を入れた様子が写し出されている。「田んぼの土をつくるのに何世代かかったか…。線量は下がり、国は『これで除染が済んだ』と言うが、これでは何にも使えない。土地は復興しないんだ」と語気を強めた。

 除染のあり方についても「広域暴力団の組長が福島にいるが、彼は除染作業員からピンハネする金でトップに上りつめた。ゼネコンやピンハネする者にとっては〝黄金の土地〟だろう」と批判した。「除染で儲けたい人がいる。帰還推進ではなく、1人2億円ずつ配って逃げてもらったら良いじゃないですか」。

 「美味しんぼ」が「食」をテーマにした作品だけに、福島取材では農家との出会いが多い。「南相馬市小高区の有機農家さんは『放射性物質が入ったものを有機野菜とは言えないだろう』と苦悶しておられる」。原発事故直後から続いている「食べて応援」についても、「言葉は美しく響くが、内部被曝を考慮していない」と批判した。さらに「土が酷く汚染してしまった。吸い込むかもしれず、農作業をするのが怖い」という農家の言葉を紹介し、「『食べて応援』は生産者を土地に縛り付け、彼らに劣悪な環境で働けと言っているのと同じですよ。それで良いんですか?」と提起。「『人間の復興』などちっとも進んでいない」と結論付けた。

 「福島県外は1mSv/年。福島の人は20mSv/年で安全とされてしまう。おかしいと思いませんか?福島の人々が周囲に気兼ねして声をあげられないなら、私たちが声をあげるべきです」と呼び掛けた雁屋さん。自宅で転倒して右足を骨折、車いす姿だったが「低線量被曝を放っておく限り、福島での『人間の復興』はあり得ないと思う」と力強く語った。

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(上)「福島では『人間の復興』など、ちっとも進んで

いない」と語った雁屋哲さん=一橋大学

(下)2014年5月、漫画「美味しんぼ」の〝鼻血騒動〟

を福島の地元紙は「新たな風評」と報じた


【バッシングの裏の「被曝隠し」】

 昨年5月以降、雁屋さんは「美味しんぼ」での鼻血の描写を巡って「何万というバッシング」を浴びた。

 問題となったのは、東京電力福島第一原発の取材から編集部に戻った主人公が、鼻血を出すというくだり。前双葉町長・井戸川克隆さんも登場し「私も鼻血が出ます」、「同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけですよ」、「懸念されるのは低線量被ばくの影響です」などと語っている。

 福島の地元紙は「新たな風評」と見出しを立て、漫画の影響で急きょ、数百人規模のキャンセルが温泉宿で生じたかのように派手に報じたテレビ局もあった。福島県は「作中に登場する特定の個人の見解が、あたかも福島の現状そのものであるような印象を読者に与えかねない」、「総じて本件への風評被害を助長するものとして断固容認できず、極めて遺憾」などとして、出版元の小学館に対し、2014年5月7日付で「偏らない客観的な事実を基にした表現」を強く申し入れている。

 さらに、石原伸晃環境大臣(当時)が「専門家からは被曝と鼻血の因果関係はないと評価が出ている。風評被害を引き起こすようなことがあってはならない」と批判したのをはじめ、安倍晋三首相も「根拠のない風評には国として全力を挙げて対応する必要がある」と語るなど、まさに「国を挙げて」原発事故による健康被害の否定に躍起になるほどの騒動に発展した。荒木田岳・福島大学准教授が「除染で福島を元通りにするのは難しい」などと除染の限界を語る場面についても、環境省がホームページ上で「面的な除染効果が維持されている」と反論した。

 しかし、前述した大規模キャンセルなど実際には無かったことを観光協会幹部が当惑気味に証言するなど、漫画の描写が「風評被害を助長」したと断じるには疑問が残る。事実、作品中で耳鼻咽喉科で診察を受けた主人公に、医師が「原発見学で鼻血が出るほどの線量を浴びたとは思えません」と語る場面がある。決して煽るように描いてはいない。結局、原発事故による健康被害を矮小化しようとする意図の下、大手メディアも巻き込んだ、国や行政の〝被曝隠し〟に作品が利用されたのではないか。「血が出るというのは健康被害の象徴なんでしょう。だから国も躍起になった」(雁屋さん)。

 「実際に、とめどなく鼻血が出ました。疲労感もすさまじく、2時間仕事をすると、それ以上続けられない状態だった。落ち着いたのは福島を離れてずいぶん後になってからだった」と雁屋さんは振り返る。自身も鼻血問題で叩かれた井戸川さんは「テレビや新聞が被曝問題をカットする中、雁屋さんは素直に取り上げ問題提起してくれた。やるべきことをやっていないのは福島県庁だ」と頭を下げた。
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北海道がんセンター名誉院長・西尾正道さんは

「現在の福島の放射線量は安全と言えない。今の

ままだったら必ず健康被害が出るだろう」と放射線

防護を呼びかけた


【今も浮遊する放射性微粒子】

 一橋大学の大学院生らが中心となって開かれた講演会には、北海道がんセンター名誉院長・西尾正道さんも参加。札幌市内に避難・移住してきた母親らの証言などから「明らかに鼻血が多かった」と雁屋さんの描写を支持した。「医学的に、ストレスで鼻血が出るという報告はない。鼻の粘膜にどれだけ放射線が当たったかが問題であって、全身換算の実効線量で語ってもしょうがない」と国に反論した。

 「今も、子どもたちは放射性微粒子を吸い込んでいる。身体に取り込んだら放射線を出し続けるから深刻なのに、内部被曝は過小評価されている。現実問題はいろいろとあるとは思うが、福島市や郡山市に住み続けるのは良くないと思う。今のままだったら、必ず健康被害が出るだろう。それが5年後か10年後か20年後かは分からない」と警鐘を鳴らした。中高生も参加した国道6号線の清掃活動についても「とんでもない愚行。気持ちは分かるが、60歳以上で清掃するなどの見識はないのか」と批判した。

 「ストロンチウムやトリチウムが深刻」、「今後、がんだけでなく多様な疾患が全臓器に確率的に発生する」と語った西尾さん。「甲状腺検査をしっかりと受けるなど、生じ得るリスクを考えて対応するしかない」と強調した。雁屋さんは「僕は物書きだから、目についた真実を描き続ける。今は役に立たないかも知れないが、後々、必ず役に立つ。そう愚直であって良いんだと思う」と締めくくった。


(了)