にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ~入道のブログ -3ページ目

にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ~入道のブログ

20年間の苦しくしんどかった体験が私に構築してくれた「私の『生きること・働くことそして経営すること』への『想い』」。それを書き連ねていきたいと思います。

<<ブログ 323>>

 

         衆議院選挙2021から想うこと

    「日本のこれからは大丈夫なのか」

            本気で感じています

                  

               各党ともに

    「日本をどんな国にしていくのか」

  「日本をどんな状況にしていきたいのか」

     の提示そして議論はほぼなし

         ほとんどが現状・今に対しての施策

 「日本の明日へのデザインを競う選挙に

  どうしてならない・しないのだろうか」

                 ⇩

         国会(政党・国会議員)

  そして私たち国民双方に原因がある

              ~私の想い~  by  入道

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          今回も東京秋葉原のアトリエを基地として

   世界への羽ばたきを重ねておられる私とちょっとだけ?歳の離れた友達

    画家の田中拓馬さんがご厚意で素敵な挿絵を画いてくださいました。

        拓馬さん「ありがとうございます」。お心に感謝です。

         田中拓馬さんのサイトも訪ねてみてください。

            http://tanakatakuma.com/

                 https://ttakuma.thebase.in/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

衆議院選挙2021。10月31日投票開票で終わりました。

●今回の選挙だけでなくここのところの色々な「選挙」の度に私が感じている「想い」がやはりまた今回も・・。

★ここのところ
選挙の度に感じている私の想い

 

●それは「今(これまで)に対しての施策」論議がほとんど、「今がこうだからこんな施策を講じていく」各党、施策内容は異なりますが「入り口」は「今」なのです。

 

★私が想うのは「今の施策」「今のマイナス」「今の欠けていること」を「(思い付き的に)提示する」のではなく、やはり入り口は「今でなく」「明日・未来」からだと思うのです。

「明日の日本」「5年後・10年後の日本」「5年後・10年後、明日の日本人」を「こうしていきたい」強い想いがあって初めて「未来・明日」と「現実・今」の「ギャップ」を埋めていく、縮めていくために「何をしていくのか」・・・・これが「公約」であるべき、あって欲しいと思うのです。

          
                             挿絵は田中拓馬画伯 画

 

★テレビ・新聞・週刊誌・・・マスコミの報道の仕方にも問題があるとも感じます。


コロナ対策を初め、夫婦別姓・ジェンダー・年金・・・等々「今に焦点を充てて」「何をしていくのか」に報道の力点がある、報道の大半がそのような構成だと私は感じていました。

 

 

◆別の言い方をしますと、「目的」がないのに「目標」「手段」だけが提示されているそんな気もします。

「どんな状況に日本をしていこうとしているのか」「日本人をどんな人間の集まりにしていこうとしているのか」これが「目的」

 

◆そしてこの「目的」を実現していくために、「手段」としてたくさんの施策・こうどう(=考動)がある、のです。

 

★今回の選挙にあたって各党から提示された「政策」は「目的実現」のための「手段」でもあるはず、なのです。


★でも・・・私にはその「目的」が各党共に見えてこないのです

           
                             挿絵は田中拓馬画伯 画

 

●選挙期間中、私は良く「衆議院選挙2021 NHK選挙WEB」を観ていました。

 

●このコーナーで紹介されている各党の「政策」は大きく「8つ」に「政策区分」されていました。

 ①新型コロナ対策   ②子育て支援・教育    ③外交・安全保障

 ④原発・エネルギー  ⑤経済政策など      ⑥年金・社会保障

 ⑦憲法          ⑧ジェンダー・多様性

 

●この区分で各党の掲げている政策が並んでいるのですが・・・・・・中身をしっかりと観ていくと・・・・・・・・・

やはり「トータルとして」「日本と言う国をどうしていきたいのか」、「日本をどんな国にしていきたいのか」がまったく観えてきません。

●見えてくるのは「今(これまで)」が「こうだから」「こうする」の動きだけであり、その結果「3年後」「5年後」あるいは「10年後」の日本がどうなっているのかを窺い知ることはできません。

          
                           挿絵は田中拓馬画伯 画

 

私たち国民・選挙民からもそんな要求をしないし、声も大きくはなっていません。ここに「も」大きな問題がある、そう感じます。

 

●そして、ごめんなさい大変に失礼な言葉になってしまいますが「国民」「選挙権を持っている人たち」に対して「媚を売っている」ように感じてなりません。(いわゆるバラマキ施策が目立つ現実)

 

「日本」という国を「いい国」「楽しい素晴らしい国」「世界をリードしていく国」にしていくのは「政界」、国会議員の先生方だけでできるものではありません。

 

日本人ひとり一人の「今までとは異なる動き」、「身体と頭そして心にたくさんの汗をかく必要」が絶対にあると思うのですが、そのことへの言及は各党共に全くと言っていい程ありません。

 

☆日本を変えていくのは国会だけでできる、そう思われているのでしょうか。

 

「日本を5年でこんな国にしていきたい」→「そのために国民のみなさんにもこんなところで少しづつ我慢して欲しい」「ひとり一人がこんなところに汗をかいて欲しい」そんな国民に「しんどさ」「がまん」「頑張り」のお願いも絶対に必要なのだと思うのですが、そうなってはいません。どうでしょうか。

 

「楽して」「今を大きく変えていくことはできません」。「楽して変化を実現していくことはできない」そう単純に想うのです。

 

★そんなことしたら「票が逃げてしまう」から、だと思うのですが、これで「日本の明日」「未来の素敵な楽しい国、日本」が実現していけるのでしょうか。

 

各党そして国会議員の先生方「勇気」を持っていただきたい、改めてその想いを強くつよくしています。

 

会社経営と同じだと思います。

 

〇いきなり「年度計画」は出てきません。

〇最初に必要なのは「どんな会社にどれだけの時間でしていきたいのか」「経営理念」であり、実際の行動のものさしとなる経営指針」です。

 

〇経営理念、その実現のために「長期経営計画」があり「中期経営計画」そして「年度経営計画」(半期・四半期も含む)があるのです。

 

〇そして・・・社長が取締役会が、ただ単に「もっと売り上げあげろ」「利益を上げろ」ではだれもついてきてはくれません。

 

〇今年度の売り上げそして利益は「〇〇を実現していくために必要な数字」。今期がんばれば「会社はこうなる」「みんなの生活はこうなっていく」・・・「今の頑張り先に何があるのか」「今のしんどさ・苦しさの向こうに何があるのか」みんなが「見える状態」「共有できる状態」にしておくことがとてもとても大事なことなのです。

 

★この状態が「経営計画の共有」、「みんなが今期の目標の意味を知っている・納得している」状態です。

★この状況があって初めて「みんな頑張ろう」が成立していきます。いくのです

 

〇残念ですが、まだ多くの会社でもそうなってはいません。

 

〇経営計画・目標は経営層と経営企画室が「電卓片手」に、そして「売上・利益ともに前期比マイナスは悪」の感覚に心を奪われて創っていくもの・・・・。

 

「増収増益」は誰のためなのですか。「みんな身体と頭に汗して増収増益にして誰が喜ぶのでしょうか」。

〇経営者自身の評価のため・・・・? 借り入れをしている金融機関から叩かれないため・・・?
・・・・・
〇ごめんなさい、会社についてはこれくらいにして、本題に戻ります。

 

国会そして政党・・・国会議員の先生方の動きを変えていただくためには何が必要なのか。

 

●私は単純だと考えています。

 

日本人ひとり一人が「国会・政党そして先生方」に要求し続けていけばいいそれだけだと思うのです。

 

日本人ひとり一人の「選挙に対する考え方」を変えていかなければ「国会・政党そして先生方」は変わらないそう思います。

 

★やはり入り口「日本人ひとり一人が」「日本をどんな国にしていきたいのか」を「世界の中の一国、日本」のものさしも同時にもって声にしていくことなのだと思うのです。

 

今回の衆議院選挙から「3年後」「5年後」そして

「10年後」の「日本」は「どんな国」になっているのか、そしてそのために「日本人ひとり一人がどんなところで汗を流すのか」「何を我慢するのか」・・・残念ですが・・・ほとんど感じることかできませんでした

           

                           挿絵は田中拓馬画伯 画

 

★日本にとって、「未来の日本人の人たちのために」「ものさし」に「今の日本人・私たち」は考えそして動いているのでしょうか。

 

今が良ければ、自分たちが良ければそれでいい、になっているのでは・・・。

とっても寂しいですがそんな気持ちにもなってしまいます。

 

考えそして動きたいと改めて思います。

 

☆「今、自分たちのために」だけでなく「未来の日本人のために」を「大きなものさし」にしての行動(=考え動く)が必要ですし、絶対に忘れてはいけないことだと感じてなりません。

 

☆政党のみなさん、国会議員の先生方「勇気を持って変化へ挑戦」していただいて」大丈夫です。

「今のしんどさそして苦しさの向こうに何があるのか」「何のために今しんどい想いを、苦しい想いをしているのか」がみんな心で感じられていれば日本人は「一緒に考えそして動く」そう思います。

 

勇気を持って3年・5年・10年後の「日本」を議論し続けていきませんか

         今回の選挙からの素直な想いです。

 

                  今回も最終行にまでお眼を進めていただきまして

                                 ありがとうございます。

 

                               選挙の時の「ものさし」を

               「各党は今の自分たちに何をしてくれるのか」から

                   「日本をどんな国にしていってくれるのか」

       「未来の日本人の暮らしはどうなっていくのか」「どうしていくのか」を

                                    議論し合っていく

                            そんなものさしにしていきたい

                そうしていかないとマズイ

          改めてそう感じた2021衆議院選挙でした。

 

                 ありがとうございます。

       にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ  入道(入村道夫)

 

 

<<ブログ 322>>

 

ひとり一人の「こうどう=考動~by入道」の絶え間ない積み重ねで

       「日本の社会」を「日本と言う国」を

       ひとり一人が活き活きと楽しく働き

      楽しい活き活きとした人生の一日を

           積み重ねている社会、国

『ヒトに優しい&易しい国』に日本をしていきたい

     ~私の変わらない想い~     by   入道

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     

               今回も私の歳の離れた友達

       秋葉原のアトリエを基地として世界への羽ばたきをされている

     画家の田中拓馬さんが素敵な挿絵をご厚意で画いてくださいました。

            拓馬さん、お心をありがとうございます。

      田中拓馬さんのネットページも訪ねていただければと思います。

              http://tanakatakuma.com/

                https://ttakuma.thebase.in/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

  自由民主党の「総裁選」

 連日報道されている4人の候補者のみなさんの「想い」・・・それぞれの「想い」をそれぞれの「言葉」と「表情」で表現されておられます。
 この選挙戦、報道でもまた投げかける質問も「政策」についての質疑が大半なのですが、私はものすごく単純に日本の明日をどうしていきたいのか」「明日の日本をどんな国・社会にしていきたいのか」、言ってみれば「政策各論の前提となる」「明日をどうしていきたいのか」の「想いの根幹」『想いの根っこ』を聞いてみたい・・・正直にそう感じています。

  また国民ひとり一人が「こうあって欲しい」「こんな国でありたい」・・・その実現は「首相」「与党の総裁」そして「国会議員の先生方」によって行われるのではなく「入り口」は「ひとり一人の国民が自分自身で「明日への想い」を創り上げて」、人ひとりが「こうどう=考え動く、by入道」していくことによって成し遂げられていくもの、私はそう感じ続けています。

そんな私の想いからの今回のブログテーマを決めました。私の想いの一端を・・・。

 

今回のブログテーマを実現していくには、「日本をヒトに優しい国」にしていくために・・・を実現していくには・・・・

 

私の答え(=想い)は簡単・単純なものです。

      

               ひとり一人が

   『ひと・にんげんって単体・一人では生きていけない

            助けあってはじめて

    「今そしてこれからの自分」、生活が存在する』

    こんな簡単な「あたりまえ」に戻ればいいんです

 

       ひと・にんげんってみんな弱いんだ

                 ⇩

          だから「助けあう」のです。

         

                     挿絵は田中拓馬画伯 画
 

「にんげんはみんな『弱いんだ』」の原点に戻ればいい、のです。

そう、ここから始めればいい、そう想います。

 

            強くなくてはいけない

       強いもの(=勝者)でなければいけない

       こんな考え方・動き方をやめたらいい

                どうして?

   にんげんってみんなみんな一人じゃいきてはいけない

        仲間と群れ・集団を形成することで

          生きていくことのできる動物

    ひとり一人はとってもとっても弱い存在なんだから


 

●単純なんです。みんな誰でも弱いんだぁから始めれば、いつもあたりまえに助け・助けられが想い浮かびます。

 

★逆に「にんげんは強くなければ」「勝ち組にいなければ」なんて想うと助けを請う動きには絶対になりませんし、仮にそんな人が助けを求めたとしても誰も助けてはくれません

 

みんな弱いと想うから「みんなで力合わせて」「助け合って」となりますが「にんげんはみんな強いんだ」「強くなければいけないんだ」と想うと「ひとりだけ」なんです。

        

                          挿絵は田中拓馬画伯 画

 

●でも、残念ながら?現在の社会では強いものが称えられる状況はまだまだ変わっておりません。続いています。

  

強者とは賢い人間あるいはいわゆる「勝ち組」と言われる人たち。

 

●勝ち負けはお金とか順位とか「数字」で決めている、決められているんだとも感じています。

 

★そして、残念なのですが現在の社会のものさしはそうなってしまっています。

 

              現実はいつのまにか・・・

  「強者」「勝ち組」が称えられる社会になってしまっています

     他人を蹴飛ばして、他人に勝って「自分だけが」

                 そして

      強者・勝者の「ものさし」の大きな部分は

          「お金」「順位」とかの数字

                  ⇩

   ものさしが「みんな」ではなく「自分だけ」になっているのに

           誰もおかしいと口にはしない

 

●何故なのでしょうか。

 

●私はみんな身勝手な勘違いに陥ったことにある」と思っています。

 

■昭和から平成までの長く続いたバブル期が人間・日本人の心を「生活のため」から「欲望を満たすため」変えた(=人間・日本人の生きるものさしを変えた)、そしてその「ものさし」が今も生きている・・・・

ここに原因があるのではと感じています。

 

              自分勝手な勘違い

 

      自分が誰か(他人)に何ができるのかを

           まったく考えることなく

  誰か(他人)が自分に何をしてくれるのかだけを考え求める

     人間集団・社会、日本になってしまった

                ⇑

   単体・一人では生きていくことのできない弱い弱い動物

       『ヒト』としてのあたりまえに戻りさえすれば

           そんなことはあり得ない

                 ||

       今を、今日を懸命に生きていくことで

          明日を迎えることができる

       (今日生き抜かなければ明日はない・・)

 

 

一億総中流と称されるようになってから「生きること」(=生を続けて行くこと)に一生懸命になることが必要なくなり、みんな何もしなくても?当然、あたりまえに「明日」がむかえられる・・・

 社会全体がそうなってしまった、そうなっているからだ、と思います。

 

◆残念ながら、私を含めて、ほとんどの日本人は「明日を迎えるために今日を一生懸命生きていく」の状態には戻っておりません。

 

 

●では、どうすれば・・・・?

 

私の回答は冒頭にも記しました、「人としての原点」にもどろうよ!!!!!これだけです。

 

●そう、ヒトの原点に立ち還ればいいのです。

その「原点」とは・・・・・

   ひとはひとりでは生きていくことはできない弱い動物

        仲間と一緒に群れ・集団を形成することで

        はじめて生き続けていくことができる弱い動物

                     (肉食獣に食べられてしまう動物)

だと言うことです。

         

                       挿絵は田中拓馬画伯 画

 

生きていくことは助け合うこと、

 生きていくことは誰かの助けを借り

 誰かの手助けをしていくこと

 これがヒトの原点であり「あたりまえ」なのだと思います。

 

生きて行くことだけでなく、働くことも経営することも同じです。

 

自分一人ではできない

    でも、他の人の手助けがあれば

                できるようになる。

 

☆何でもできるヒトにならねばならない、

   年長者なんだから

              先輩なんだから

   課長・部長なんだから

              取締役なんだから

   そして社長なんだから

       『〇〇しなければならない』

       『〇〇できなければならない』

こんな想い(上記)の呪縛からご自身を解き放ってみたら どうでしょうか。

 

●自分は「できないことがある」(=弱い)

 だから、そこをできる人に「助けて」もらおう

 

私自身、かつて年々どんどん兼務で領域が拡がり壁にぶち当たった時の強烈な想い悩みの中で上記のように想い始めそのとおりの動きをし始めて「すごく楽になりました」(特に心の状態が)

 

★そして結果として

「どんどん担当領域が拡がっていきました」

    「自身の活動領域を拡げていけました」。

 

未経験の事業領域でも業種でも職種でも・・仕事でなく生きて行く時にも怖くはありません。できます。

 

誰かに助けてもらえばいいのです。

誰か貴方を助けてくれる人がいてくれればいい、のです。

 

●そのような時に私が頻繁に使っていた3つの言葉があります。

むずかしくありません、単純ですそして「あたりまえの言葉」です。

 

                『ありがとう』

              『ごめんなさい』

 そして

                『頼むよ、助けてください』

 

●これが私自身が「最初は意識的に」そしてとある時からは「無意識に」使い続けた、使い続けたい3つの言葉だったんです。

 

人間(=社会に生きるヒト)は、特に「日本人」は「助け助けられ」の心と動きが備わっていた(いる)人たちと私は思います。

        

                          挿絵は田中拓馬画伯 画

 

日本人の「特性」「特質」「日本人らしさ」を再認識して「助け助けられの国」「助け助けられの社会」のデザインを共有して、その実現のための動きをひとり一人が重ねていけば、日本はきっときっと「楽しい活き活きとした国・社会」と成っていくのでは・・・そう思いますし、そう信じたいと思います。

 

    今回も最終行にまでお眼を進めていただきありがとうございます。

             連日の自由民主党総裁選の報道・・・

     今回のブログのきっかけにもなった私の一つの想いがあります

 

      それは「マスコミ等からの4人の候補者に対する質問が

 「貴方は日本をどんな国にしていきたいのですか」というような「目的」

  問うことなしにいきなり「手段」としての「政策」」についてになっている

                   ということです。

 

              色々な「政策」「施策」は「手段

        「日本をいい国にしていくための手段」なのですから

 やはり「目的」となる「日本をいい国に」の「いい国」の「いい」とは何なのか

  明確にしていく、ここが入り口ですし、一番に明確にしていくことなのだと

                  強く感じています。

 

       「目的」が異なれば当然に「手段」としての「施策」も異なる

              異なってあたりまえなのですから。

 

                                 ありがとうございます。 

                   にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ 入道(入村道夫)

 

 

  

<<ブログ 321>>

 

             国会議員の先生方へのお願い

 「災害時並み」の表現になった対コロナ医療体制報道から想うこと

 

   今までと同じ「政府の責任」的な動きの繰り返しでなく

  今こそ「三位一体」となって日本に「変化」を

     そのためにも国会議員の先生は

  政党・与野党そして派閥なんて捨てて

  選ばれた「国会議員」としての動きを!!

           ~私の想い~       by   入道

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     今回も秋葉原を基地として世界への羽ばたきを重ねている

            私のちょっとだけ歳の離れた友達

   画家の田中拓馬さんがご厚意で素敵な挿絵を画いてくださいました。

        拓馬さん、ありがとうございます。お心に感謝です。

      田中拓馬さんのサイトも訪ねていただければと思います。

                      http://tanakatakuma.com/

                          https://ttakuma.thebace.in/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●8月・・・新型コロナウィルスの各道府県での新規感染者数そして全国での新規感染者数が「過去最高」を更新し続け、8月11日には厚生労働省の助言機関が「これまでに経験したことのない感染拡大で首都圏を中心に医療提供体制は「災害時」の状況に近い」と訴えたと報道されています。

 

●盆休みもあり、政府そして各都道府県知事さんからは「人流を押さえる」「お盆の帰省は取りやめて」と国民・道府県民に対して訴えを強くしていますが、報道によれば「人の流れは抑えられていない」「人の滞留状況も減じていない」・・・単純、日本人は「訴えに対してそのとおりの動きをしていない」状況になっています。

 

コロナ禍状況・・・20ヵ月の長い時間軸の中で訴えていることは違うワードを使ってはいるものの中味はほとんど同じ」・・・何度も言われ何回かその訴えのとおりの動きをしてきた、しかも今回は今までとは異なりワクチン接種率が伸びてきているのにも関わらず、変わらない訴え・要望・・・。改善されていない現実!!

 

 

●政府そして都道府県知事からの指示された動きをしてきていたのに状況は変わっていない、もっとひどくなってきているじゃないか・・・本当に的確な指示・要望なのだろうか???

 みんながこんな想いになってしまっているのでは・・。

 

この状況を打破していく「今これから」を「変えていく」一つの動きとして私がずっと心に想っていることがあります。

 

★それは一言で言ってしまうと「勇気を持って『三位一体』になっての変化の実現」「変化を実現していくために勇気を持って『三位一体に』となります。

                   

                         挿絵は田中拓馬画伯 画

           

そのお願いをさせていただく対象、それは「国会議員の先生お一人お一人」になります。

 

           国会議員のみなさま

    『勇気を持って三位一体になって

           日本を変えてください』

 

          国会議員のみなさま

  『日本を変えていくために勇気を持って

           三位一体の動きを』


 

 

三位一体(さんみいったい) 三省堂新明解四字熟語辞典

キリスト教で父(神)と子(キリスト)と聖霊は一つの神が三つの姿となって現れたものであるという考え方。

  ⇩

 転じて、三つのものが一つのものの三つの側面とあること、

        三つの別々のものが密接に結びつくこと。

 また

        三者が心を合わせて一つになること。

 

★では、今回私が想っている「三位一体の動き」の「三位」とは何?なのでしょうか。

★それは

                政府(首相をはじめとする内閣)

             国会議員(国会)

          そして

               都道府県知事    です。

         

                        挿絵は田中拓馬画伯 画

 

★この想いは連日、これでもかと感じる位、見せられている聞かされている報道内容に対して私が「とっても不思議に感じている」「なんでなの?」と想っていることから産まれてきたものです。

 

★連日の新規感染者そして医療体制の危機

更にここのところほぼ連日、「行動・移動自粛」等のお願いをしているのは「政府(総理・担当大臣)であり「都道府県知事です。

しかも「
この二つ、残念ですが一体とはなっていません
 

★政府は都道府県に、都道府県は政府に新たな投げかけをしたり・・・言い切ってしまうと責任を相手に求めたりもしている、そんな気もするのです。

 

これでは日本人は一つになることはできません。

 

★ネットで全国知事会にコロナ担当大臣も参加して状況確認と打合せを行っていることも報道されてはいます。

 

☆長くなりそうなので想いの過程をはここで省きます・・・

 

私の今回の想いは、このような対コロナの動きの報道になんで地域住民から選ばれた国会議員」「都道府県代表とも言えるひとり一人の国会議員の先生の動き」が重なって見えてこないのだろう、この単純な疑問から産まれてきています。

          
                       挿絵は田中拓馬画伯 画

 

国会議員の先生は「各地域」「各都道府県」から選出されています

 

☆国会議員は「都道府県住民によって選ばれた都道府県の代表者」である、そう想うのです。

 

☆でも、この対コロナの動きに関しては国会議員の先生方おひとりお一人の動きがみえない政府と都道府県知事の動きに重なっての国会議員の先生方おひとりお一人の動きがまったく見えてこない、聞こえてこないのです。(聞こえてくるのは衆議院選挙が近いから地元に張り付けの政党からの対選挙指示・・・)


 

政府は国会議員に対して「政府の対コロナの考え方、なぜこの施策なのか」を「知事にきちんと説明し」「知事の相談相手になる」ことを要請しているのでしょうか

 

国会議員の先生は地元の知事に適切なアドバイスをしているのでしょうか。都道府県の「施策決定」への相談相手になっているのでしょうか。

 

国会議員の先生は「地元に対して知事と一体となっての動き」をされているのでしょうか。

 

コロナ対応に対しての「三位一体」。

  政府と国会議員(国会)そして都道府県知事の「三者」が

   「想いを一つ」にして「一つの動き」を共にしていく・・・

         
                       挿絵は田中拓馬画伯 画

 

国会議員の先生おひとりお一人の動きこそがものすごく重要な要因であり、三位一体を実現していくための必要十分条件私はそう想うのですが残念ながら現状、全くそんな動きをされている、要請されているとは感じることはできません。

 

    反対意見はあったとしても「所属している組織=国会」で

       「決議された」こと

    それを「実施」「実行」に移す時には「反対した」tは

        関係なく、その実現のために自分も動く

    それが組織人のとして「あたりまえ」・・・

  40年、組織で仕事をしてきた私の「変わらない想い」です。

 

    特に「非常時・災害時並み」と表現されている今は

    「国会」という組織に所属している一人として

    意識を新たにしていただき

    「みんなで即行動」していただきたいと思います。

 

今の非常時的状態で日本を、日本人の動きを変えていく、確固たるものにしていくために・・・・

与党であるとか野党であるとか、そして派閥なんて勇気をもって捨て去ってください。

 

日本国民によって、ご自身の地盤である都道府県民によって選ばれた・選んでもらえた国会議員の「あたりまえ」に「勇気を持って」立ち還ってください。お願いいたします。

     比例代表の先生も変わりません、同じです。

 

    日本を素敵な楽しい国にしていくための組織が国会

 その国会と言う組織に所属している一人の国会議員として

      組織人としての「あたりまえ」の

           ひとり一人の動き

            コロナ対応においては

       政府と都道府県の「間」の

 「想いと行動の橋渡し」役としての動きを直ぐに  

          
                           挿絵は田中拓馬画伯 画

 

都道府県の対コロナ会議にその都道府県選出国会議員が参加して、一緒に議論し施策を決定していくそんな動きを是非に!!!

 

●本気でそんな動きをお願いいたしたいと思います。

 

40年組織で仕事をしてきた私の日本を一つの『組織』として考えた時の『組織人』としての『あたりまえ』

その一つの想い、そして仮に仮に私が国会と言う組織の長だとしたら自分だけでできること、自分の所属している党だけでできることなんて限られてくるのできっと党派を飛び越えて国会という組織に属している「仲間」みなさんにきっとお願いしていると感じていることです。

 

  にんげんはどんな人でも自分一人ではできないことだらけ

  でも 自分を助けてくれる

  一緒に考え動いてくれる仲間がいてくれれば

  できないこともできることになっていく

 

  仲間そして自分を知っている人

  そして 信頼で心が繋がっている人が

  たくさんいてくれれば嬉しい

  

  だから

  仕事をしていくってそして生きていくって

  人生はきっとずっとずっと人探しと出逢い探しの旅

  そう想うのです

 

国会と言う「組織力」を徹底的に追求していただきたい、見せていただきたい、示していただきたい・・そして「政府-国会議員-都道府県知事」の「三位一体」日本の明日のために「今を変えて」ください。

 

☆国会という組織に所属されている国会議員の先生おひとり

お一人の「想い」が変わることが「勇気を持って今を変えていく」

その入り口。

 

    私は本気でそう想っています。お願いいたします。 

 

           今回も最終行にまでお眼を進めていただきまして

                           ありがとうございます。

  

                        「国会」って「組織」のはず

     「日本国の明日のための動きを決めていく最高組織」なのだと

               強く思い続けているのですが、現実は

              「非常事態」と言われ始めている今でも

                    国会では追求と応戦だらけ・・・・

      国会という「組織」として「一体になっての動き」がまったくない

              「期待」を持ってはいけない・・・

                      残念ですがそう思います

 

      自分(たち)の主張を守るために相手を追求する

                    そして 抽象論議で応戦していく・・・

    

      そのために私たち国民は国会議員みなさまを選ばせていただき

 単純表現してしまいますが「高い報酬」をお支払いしているのではありません

 

           「日本を良くしていく」「今より楽しく素敵な国にしていく」

                       所属党派は異なっていても

          この「想い」では「一つ」のはずです

 

        どうか「国会組織力」を今この「コロナ禍非常時」であるが故に

               勇気をもって、今これまでを捨て去って

       あたらしい動き方に変えていく勇気を持っていただきたい

                正直な私、一日本国民の想いです。

 

                       ありがとうございます。

         にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ  入道(入村道夫)

 

 

 

   

 

<<ブログ320>>

 

   長引き、そしてなかなか出口の見えてこないコロナ禍     

  日本の明日を、私たちの明日を楽しく明るくしていきたい 

        そのために私たちひとり一人が

  人間が組織・集団・社会で生きて行く時の

    「あたりまえ」を改めて認識し行動し

  リーダーは「よりリーダーらしく」の言動を

          ~私の変わらない想い~       by 入道

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     今回も秋葉原を基地として世界への羽ばたきを重ねている

            私のちょっとだけ歳の離れた友達

   画家の田中拓馬さんがご厚意で素敵な挿絵を画いてくださいました。

        拓馬さん、ありがとうございます。お心に感謝です。

      田中拓馬さんのサイトも訪ねていただければと思います。

                      http://tanakatakuma.com/

                        https://ttakuma.thebace.in

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(私の「組織」への定義と想い)

◆組織=二人以上のひとの集まり・群れ・集団

   家庭も地域も仲間の集まりも会社も、そして社会も組織

 

◆組織=社会で生きていく時に大切な「3つのお約束+1」

           ●しょうじきに

           ●やくそくはまもる

           ●たすけあう

         +1

           〇大人(先輩者・上司・・)率先垂範

             

                       挿絵は田中拓馬画伯 画

 

ヒトはひとりではきてはいけない  とってもよわい動物

みんなで一緒にいることできていけることを

知っている弱い動物

 

だから

ヒトって動物は群れ・集団を形作って

きていく

ヒトと言う弱い動物がきていくために

形作る集団・群れ

これが社会 そう思います

 

そして

社会、みんながいることで安心して生きていける

この状態のことを

社会と言う群れ中で安心して生きていくこと

きるという言葉に活き活きの「をつけて

生活っていうんだよね きっと

 

だから

社会での生活のあたりまえはむずかしくなんかない

ひとりひとりができることを出し合って

助け合って生きていくことなのだと思います

 

社会と言うヒトが形作った集団・群れの中で

生活するヒトのことを

人間と表す  私の勝手な想いです

 

ヒトとヒトの間で自分が生きていく

 

助け合って、時にたすけられ、時に助けて

生きていく

信頼でつながっている、と

言い換えてもいいのかなとも思います

 

でも

いつのまにか「人間は強くなければいけない」

そして「かしこさとか腕力とかお金をたくさんもっているとか」

人間をランク付けしちゃうような「ものさし」

できあがっています

 

「できないこと」を見つけ出すような

「できないこと」を探し出して「できていないじゃないか」と指摘するような

変な社会になっちゃってきているように

感じるんです  感じませんか

 

こんなランクはいらないな

「自分以外の人達を助けていくために私はこんなことができます

に変えちゃえばいいんじゃないのかな

 

そして

ひとりひとりが「自分のできることをひとつずつ」増やしていく

そんな状態になっていけばいいんだ

それが

教育だし育成なんだとも思います

 

大人でもこどもでも、普通の人間でもどこかにちょっと障がいを

もっているひとたちも

み~んなだれでも「できること」をもっている

 

そして

その人のできないことを

自分のできることで

そっと助け合ってみ~んなで生きていく

これが生活なのだから

 

会社でもおなじ

会社もたくさんの人たちの集まりなのだから社会なのです

会社はなんでたくさんの人たちを集めているのか

むずかしくありません 簡単なことなのです

 

ひとりじゃできないこともたくさんの人たち、仲間といっしょにならできるから

そして

おんなじような人たちじゃなくて

ちがうひとたち、できることが異なる人たちが

集まっていれば単純、対応力の強いいい会社になると想うのです

 

おんなじような画一的な人材をあつめて育てたら

何かあった時にはひとつの対応しかできないことに

ならなかなぁ 単純な想いです

 

だから

採用活動「この人はどんなことができる人なのかな」

「どんなことで助けてもらえそうかな」

これを感じとることなのだとずっと思ってきています

 

採ってやる、こんな考えはありえない

 

自分たちの会社の明日を助けてもらうために

仲間に加わってもらう、

これが採用なんじゃないのかな そう想い続けています

 

そして・・・・

ヒトと言う弱い動物が形作る群れ・集団、社会で

生活していくために私は「3つのお約束+1」がある、と

思っています

        

                          挿絵は田中拓馬画伯 画

 

むずかしくはない、でよ。優しく易しくシンプルです


★①うそはつかない。徹底的に正直に。

 

人間って弱いですから私生活においても仕事の場面でも「ついその場しのぎ」でちっちゃなうそをついてしまうことがあります。

 

この最初にちっちゃな嘘をつくことがその後の自分を苦しめることになってしまいます。

 

ある時に浦和の飲み屋さんのトイレに次のような張り紙がありました。

 

     「最初に人が酒を飲み、

               次に酒が酒を飲み

                      最後に酒が人を飲んでしまう」

 

  私、妙にこのフレーズが気に入り、気が付いた時には「酒」を「うそ」に変えていました。

      最初に人が小さなうそをつき

        つぎにそのうそがまた新しいうそをつき

               最後にうそが人を飲み込んでしまう

 

入口、最初から徹底的に「正直に」あることが一番「楽」な方法である、と経験から感じています。

 

できないことを「いや、できます」なんて言わないで、知ってもいないことを「おれは社長だから」なんて考えて『知ってるよ』」なんて言わないで、正直に

「申し訳ございません、『今は』できません。三日間できる手立てを構築する時間をいただけませんか」あるいは「ごめん、俺、そのこと知らない、事実を正しく教えてくれるかな」と正直に言って自分以外の誰のチカラを借りればできるのかを考えて実行動に移せばいい、そう思うのです。

 

★②約束は必ず守る、できない約束は絶対にしない。

 

これもあたりまえのことです。

約束をしたからには必ず守るための動きをすること、残念ながら守れないな、と感じた時には充分に時間的余裕があるうちに「申し訳ありません。改めて2日いただけませんでしょうか」と言った、単純にできません、だけでなく相手の方も選択ができるようなことを加えて言葉にするべき、です。

 

    仕事上での約束であれば

         「自分一人」と考えるのは絶対にやめましょう。

   

     お客様は貴方個人と約束した、のではありません。

        〇〇〇株式会社と約束した契約した、のです。

で、あれば

    その約束の履行者は個人でなく「会社」となります。

 

自分一人でできそうもないことを早く自覚してより早く会社・組織の仲間に手助けをお願いするべき、です。

 

そして

できない約束は絶対にしてはダメ」です。

自分も、そして何よりも相手の方(お客様)に莫大なマイナスを与えてしまいます。

        

★③助け・助けられ。助け合う。

 

うそをつかない、約束を守る。このふたつをきちんと実行していくためのポイントですし、動物としての人の「あたりまえ」にも連なるものです。

 

    人は「自分一人でできること」はすごく少ない、

    「ほとんど自分一人ではできない」

    これが私の生き方そして働き方更に経営の仕方の

    源にある考え方(=想い)です。

 

    自分ひとりではできない

  でも誰かのチカラ・手助けがあればできる

    こう想ってしまえばあとは簡単です。

    「助けてください・頼みますになります。

 

ビジネスで、組織論的に考えればここでは結論だけ書きますが、[だから集団を形成し、集団で動いていく」のです。

 

ですから、私は集団(=組織)のあたりまえとは「助け助けられ」と思い続け、それを前提と

してずっと経営しておりました。

   

☆+1 

  「先輩者・上位者が最も沢山の汗をかく」

 

組織・集団のリーダーは「口にするだけ」でなく「口にしたこと以上に自らが動く人」、これが私の考える「上司」「役職者」となります。

 

別の言い方をすれば集団・組織のトップ集団・組織の中で最も稼いでいる人」「一番に身体と頭そしてなによりも心に沢山の汗を流す人であるべき、私の信念のひとつ、でもあります。

 

    ごちゃごちゃ書くまでもない、と思います。

 

今,社長のみなさんが「貴方(自分)が平社員だった時に上司に感じていた不満」に繋がるのでは・・・。

  自分がいやだと思っていた、いやだと感じていた上司に今、貴方はなられていませんでしょうか。

 

リーダーは組織全員のでありたいと私はずっと想い続けています。

 

リーダー自らが口にしたこと以上に自分で自ら動いていれば、その動きで組織の仲間は細かな説明なくとも共感して自然の動きになるものです。

 

その逆に「口ばっかり」自分では言ったことさえも実行していなければどんなに立派なことを言っても誰もついてきてはくれません。

 

伝統的な?マネジメント(言い切れば何かあれば飲ませる、しかも会社の金で)、を早く忘れ去り、一般のマネジメント手法(ノウハウ)からも離れ「上位者」「リーダー」とは何なのか、のあたりまえに立ち還ることだと、私は想います。

 

    言い切ります!!

 

一昔前は「誰が上位者でも、だれが経営者でも良かった、できた」のです。

    

    これからは「そうはいきません」。

 

 「真のリーダーが求められる」あたりまえの状況」 に戻ったのです。

 

        そして求められる資質、必要な資質、それは・・・・

 

<<頭(=かしこさ)ではなく 

                          心(=やさしさ)です!!!!!>>

         

                     挿絵は田中拓馬画伯 画

 

        今回も最終行までお眼を進めていただきまして

               ありがとうございます。

 

            長引くコロナ禍のためなのか・・・・

      コロナ対応、難局を乗り切っていく国民の心の一体感

         世界共通の難局での日本の位置づけ・・・・

      毎日の報道を見聞きしていて単純に「楽しくありません

                「楽しくなりません」

            日本人の心が一つになっていない

               ばらばらになってきている

    昨日今日の対応ばかりで、その先に「楽しい明日」「楽しい日本」

         「笑顔の日本人」の姿が浮かんでこない・・・・

 

    改めてひとり一人が「社会でいきていくこと」をしっかりと心に置いて

        リーダーはたくさんの人たちに「信頼される」存在に・・

      「あたりまえ」の状況に戻していくことが今必要、そう感じます。

                ありがとうございます。

                にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ  入道(入村道夫)

 

 

 

<<ブログ 319>

 

     6.09菅総理、初の国会党首討論から素直に感じたこと

    

                       残念ながら・・・

               心に感じる、心を揺らす言葉がなかった

                                      なぜ???

 総理そして野党党首のみなさまも「話す」が大半、「語る」は極小・

                    

       「話す」と「語る」何がちがうのか

                           ~私の変わらない想い~    by  入道

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  今回も東京秋葉原を基地として様々な形で世界への羽ばたきをされている

             私のちょっとだけ?歳の離れた友達

   画家の田中拓馬さんがご厚意で素敵な挿絵を画いてくださいました。

             拓馬さん、ありがとうございます。

         田中拓馬さんのサイトも訪ねてみてください。

            http://tanakatakuma.com/

     

                 https://ttakuma.thebase.in/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●2021年6月9日、16時から菅総理の初の国会での「党首討論」(国家基本政策委員会合同審査会)が開催されました。


●夜のニュース等で拝見させていただきましたが、「議論の歯車(目的)」が合っていない、歯車を合わせようとしていないから議論にならない」、「討論になっていない」。残念ですが今回も正直にそう感じました。

 

●いつものように?今回も与野党双方が、菅総理そして野党党首ともに、自分たちの言いたいことを言っているだけで、素直に今回もそう感じました。「国策(本来、与野党共通の目的のはず)を決める国会(=国の会議)の「討論」「論議」にはなってはいない」、素直に今回もそう感じました。

 

●しかも多分、ご自身の「想いをご自身の言葉にした」ものではなく事務局?担当の人たちが顔寄せ集めて作成した質問書そして答弁書?の「文字」を読んでいる・・・・・

 

討論なのですから、細かな数字等については同席している事務局などが答えてもいい、それ以外は「答弁書」なしで両者ともに「自分の想いを自分の言葉」をぶつけ合う「場」であって欲しいと感じてなりません。

 

★私の言葉でいきますと党首討論の「」は「話す」のではなく「語る」「場」であって欲しいと想います。

 

 

話す語る。似た言葉ですが何が違う、何が異なるのでしょうか。

           

                            挿絵は田中拓馬画伯 画

 

この2つの言葉に対する私の40年来、変わらない『想い』を記していきたいと思います。

 

 

●「」と「」。この似ている二つの漢字を先ずはじっくりと眺めていただきたいと思います。

 

●いかがでしょうか、何か感じとられましたでしょうか。

 

●私は、もう40年以上前になりますが、とある時にこの二つの類似の意味を持つ漢字「」と「」に次のような意味合いをいきなり感じとりました。

 

と言う漢字を左右で分解してみますと「」と「」になります。
 

●同じようにの漢字を分けますとそれは「」と「」。

 

●この勝手な分解から私の自己定義に入ります。



★「」は「した・べろ」で「」は「われ・自分」。

 

●こんな勝手な漢字の分解からいつものように私の勝手な解釈に入りました。

 

         話す=舌(した・べろ)+言

 

      語る=吾(われ・自分+言

         

                           挿絵は田中拓馬画伯 画

 

 

●私が想う二つの漢字の意味合いはここから生まれてきます。

 

ふたつ共に共通なのは」であり、「う」は「言葉を発すること」。
 

★と、すると二つの漢字の違いはおそらく「発する根本の違い」なのでは、そしてその違いを「」と「」で示しているのだと私は感じたのです。

 

★私の勝手な解釈・想いの結論を記していきます。

 

相手(=他人)のこと考えることなく自分本位で言葉で口にすることが「す」であり、相手(=他人)の存在を心にとめて尚且つ自分責任で自分の心を口にすることが「る」ということ、これが私の変わらない解釈、自己定義です。

          

                           挿絵は田中拓馬画伯 画

 

★違う表現をしますと二つの漢字の違いは『相手(=他人)に対する思いやりの心が存在するのかから生じてきているのかも知れません。そう感じます。

 

★妙な表現になりますが発する言葉の意味合い(目的?)が「自分第一(自分本位)」なのか「人間第一(人間本位)」なのかの違いなのかも、と想うのです。

 

対話での大切なこと、それは「相手の存在・相手の心を常に感じていること」だと想います。対話以外においても、何をするにしてもそのことを忘れてはだめですし、そこをきちんと意識していれば「思いやり」とか「気働き・気配り」は無意識のうちに自然と生まれてくるのだと私は思います。

 

 

◆必要なのは話す」から「語る」への変化に挑戦!です。
 

誰に対しても、いつでも「(した・べろ)です」ことから「(われ・自分・こころ)でるようにしていきたい」と想い続けています。

 

 

●そうなれば、「愚痴」「まずい状態の他人への責任転嫁」「他人を悪者にし、自分を悲劇の主人公にして局面から逃げ去るなんてことはきっとなくなると思うのです。

 

相手が解ろうが解るまいが自分で口にしたことで「した」のだから、で終わらせては絶対にだめです。
 

相手がきちんと理解してくれるまで「らなくては」「りつづけなくては」。
 

●何故ならそうする人間が大人なのですから・・!!。

 

●対話で『相手に対しての思いやり・気配りがあって初めて「」から「」の段階に変化するのかな、とも感じます。

           

                           挿絵は田中拓馬画伯 画

●そして・・・・「自分の想いを自分の言葉で、そして自分の責任で『易しく優しく』語ることを重ねていくことで私は人前での場が苦ではなくなりました

 

         大勢の前で・・・・そうからろうへの想いの変化
 

   今回も最終行にまでお眼を進めていただきましてありがとうございます。
                   話すと語る・・・・・
           なんとなく使っている言葉なのですが

        自分勝手にでも定義付、違いを明確にすることで

         自分としてはっきりと区分することができます。

                    話し続けるのではなく語り続けていきたい

              改めてそう感じています。

         

               ありがとうございます。

       にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ  入道(夫)

 

 

<<ブログ 318>>

 

          緊急事態宣言 3回目の発令に想うこと

    日本は医療先進国だったのでは!??

     発令基準の一つになっている「病床使用率」から

     ものすごく「単純にそして「素直」に想うこと

           ~私の想い~    by   入道

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                       今回も私の歳の離れた友達

    秋葉原のアトリエを基地として世界への羽ばたきをされている

   画家の田中拓馬さんがご厚意で素敵な挿絵を画いてくださました。

           拓馬さん、ありがとうございます。

   田中拓馬さんのオンラインショップも訪ねていただければと思います。

          http://tanakatakuma.com/

              http://www.takumatanaka.info/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

2021年4月25日から5月11日までの17日間を期間として東京・大阪・兵庫そして京都の4都道府県を対象としての「第3回目の『緊急事態宣言』」が発令されました。

 

緊急事態宣言の発令は昨年2020年の4月そして今年2021年の1月に続いてのものであり、宣言対象となった都府県では「人の流れを抑制する」ことを目的として

・酒の提供やカラオケのある店に対しての「休業要請」

・イベントや催し物は原則「無観客」での開催

・交通機関に対して終電繰り上げ、土日の休日減便

・1000㎡以上の商業施設に対しての休業要請(生活必需品売り場等を除く)などの要請がされています。
 

★今回の私のブログ・・・

この緊急事態宣言の措置について記することが目的ではありません。

 

★書きたい、書いておきたいのは「宣言が発令されるものさし」「指標」の一つとされ、厚生労働省が発表し、テレビ・新聞・インターネット等々で一日に何度も何度も報道されている「「都道府県別の「入院者数」「重症者数」そして「病床使用率」・・・・この中で特に毎日毎日報道されている「病床使用率」から感じること、想うことを端的に短く書いていきたいと思います。

                        

                           挿絵は田中拓馬画伯 画

 

☆今も医療現場で頑張っていただいているみなさまにはたくさんの感謝の気持ち一杯です。ありがとうございます。

 

☆でも・・・一方で「これから」についても「今までと同じように」、今コロナ感染者を受け入れてくれている病院のみなさまだけに頑張りを押し付けていいはずはない「国としての思いきった新たな施策」勇気を持って決定し提示して欲しい・・・・そんな想いからのブログです。
      

厚生労働省発表の4月14日時点での「入院者数」と「新型コロナ対応のベット数」

  ・都道府県別は割愛して全国値で記します。

 

      9423床使用/30473床用意

 

    ※全国で新型コロナ感染者の方々用に

       用意されているベット数が

「全国で30473床」!! しかない(私の感覚)。

 

★同上、「重症者数」と「重症者対応のベット数」

 

  ・都道府県別は同じく割愛して全国値で記します。

 

       990床使用/4253床用意

 

   ※全国で新型コロナ感染者の方で「重症」と

    された方に用意されているベット数が

   「全国で4253床」!!! しかない(私の感覚)

            

                             挿絵は田中拓馬画伯 画

日本の人口は何人なのでしょうか。

 

●2021年4月1日現在、日本の人口は1億2541万人と発表されています。

 

●1億2541万人全員がコロナ感染し入院するわけではありませんが・・・数字比較でものすごく単純な「想い」に行き当たります。

 

新型コロナ対応のために用意している『病床数』そして『重症者対応ベット数がものすごくものすごく少なすぎる』

 

  1億2541万人======30473床(ベット) 

                                           

 

   1億2541万人====== 4253床(ベット)  

 

◆「上記の状態を至急に手をつけ、病床を大きく増加させていかないといけない」、そう感じてなりませんし、その手立てを考え勇気を持って実行していくのが政府であり、都道府県のいま、やるべきことの一つなのではないでしょうか。

          

                              挿絵は田中拓馬画伯 画

 

◆そうしないと「全国で1億2541万人の人に対して新型コロナ重症者用床はわずか4253床しか用意されていない、用意していない」この状況を置き去りにしていくと「大変だ」「入院治療ができない」「受け入れられない」・・・・・緊急事態宣言だ・・・・・このことの繰り返しにもなってしまうのでは、と素直に私は感じるのですが、いかがでしょうか。

 

国そして都道府県全国の病院そして医師の先生方に対して「お願い」をしている、のだと思うのですが、その「強いお願いの結果が記してきているベット数」だとしたら、「はがゆく」感じてなりません。

 

「酒提供の店は閉めろ、営業するな」、「買い物に行くな」「買い物に来させるな」、「イベントは観客なしでやれ」・・・・日本の多くの人達に対しては「緊急事態宣言発令」で「指示・命令」しているのに、なぜ「医療」に対してはずっと「お願いレベル」なのでしょうか。

 

●そして、毎日毎日「これでもか」感じるまでコロナ報道をしているテレビ・新聞・ネット等報道機関からもそんな報道はありません

とてもとても不思議に感じてなりません。

 

 

☆「医療」・・・私の感覚で恐縮ですが「日本の医療」は世界の中でも「先進国」ある意味「世界をリード」していたのでは・・・

 

日本の総病床数は1,641,407床。(2018年現在 日本医師会2021.2.22改訂資料)
  そして
人口1000人当たりでは「13.0床」で世界一・・・。

 

☆でも・・・
新型コロナウイルスワクチン開発へのある意味「国を挙げての動き」そしてワクチン接種のスピードと接種人数・・・・・世界に大きく遅れているのでは。

☆それは・・・何が原因なのか・・・医師の不足なのか・・・限られた現在の医師数で対応していくとしたら「どんな施策を講じたらよいのか」・・・・・等々

           

                             挿絵は田中拓馬画伯 画

☆この新型コロナ禍対応においては、今回記させていただきました「病床の用意・準備」も絡み、日本はどうしたのか」「日本はなぜこんな状況になってしまったのか」「何か変だ」・・・

本当に素直に感じています。

 

★新型コロナ禍、まだまだ続きそうです。

そうなのですから、今までと同じ動きだけでなく、日本全体の動き方を変える勇気ある「施策」が必要なのでは、そう感じています。どうぞ私の「考え過ぎ」「想い過ぎ」となりますように!!!!!

 

        今 回も最終行にまでお眼を進めていただきまして

                              ありがとうございます。

 

                  勇気を持って「変化に挑戦」

            「挑戦への勇気と決断」が今、日本のリーダ―

   そして日本国と言う組織の決議機関である「国会」に求められている、

                          必要なことなのでは・・・・・

                          そう感じてなりません。

 

                  ありがとうございます。  入道(入村道夫)

<<ブログ 317>>

 

                      楽しいですか、今の日本

               日本を楽しい国にしていきませんか

           国会議員の先生方の心

 そしてマスコミ報道の仕方を変えて欲しい

     正直にそう強くつよく感じています

今のしんどさ辛さの向こうに何があるのかを明示して共有したい

                        ~私の変わらない想い~         by  入道

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     秋葉原のアトリエを「基地」として世界への羽ばたきをされている

           私のちょっとだけ?歳の離れた友達画家の田中拓馬さん

        今回もご厚意で素敵な挿絵を画いてくださいました。

                  拓馬さん、ありがとうございます。

       田中拓馬さんのサイトも訪ねていただければと思います。

                         http://tanakatakuma.com/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

楽しいかい?
この言葉が私の会社組織所属時代、役員時代の変わらない自分へのそして一緒に身体と頭そして心にたくさんの汗を流してくれている仲間への私の「変わらない問いかけ言葉」でした。
 

楽しいかい?

  はい楽しいです

  いいえ楽しくないです
この2つの答えに対してそれぞれに
3回から4回程度「どうして?」「なぜ?」を重ねていくこれからへのこうどう(考え&動く)シナリオ」が見えてきます。継続し続けていくこと、すぐに止めて他のやり方に変えていくこと・・・まさに「変化へのシナリオ」「より楽しい組織にしていくためのシナリオ」を頭で考えるのではなく、「心で感じとることができてきます。

 

 

「日本」と言う「国」と言う「組織」に所属されておられる1億2548万人のたくさんの人たちに同じ問いかけをしてみたいと思います。


★「日本と言う国、今楽しいですか!!??」。

        

                             挿絵は田中拓馬画伯 画

 

●いかがでしょうか。

 

●私は単純感覚として「今の日本、楽しくない」、「明日は今よりも良くなっている」「明日は今日よりも楽しくなっている」・・・残念なのですがそうは感じられないのです。

★どうしてなのでしょうか。

 

★感覚的で申し訳ないのですが、「日本はだんだんに楽しくない国になってきてしまっている」、今回ではなく今までも・・・残念ですが正直にそう感じているのですが、それをより鮮明にしたのが、2年目に入っている「コロナ禍」。コロナへの日本と言う国の対応。

 

★コロナ対応!!
本来であれば
「国・都道府県そして市区町村が「同じ想い」で三位一体」での動きでなければいけないのにそうはなってない現実、今の日本と言う国。

 

★それはなぜ??

沢山要因はあるとは思うのですが・・・・私の心に直ぐに浮かんでくるのは「2つ」・・

国会が「ひとつになっていない」、「国会が組織として機能していない」から、そして報道のスタンス、報道の仕方にも問題あり」、言いきっちゃいましたが・・・私の素直な想いです。


日本と言う国を一つの会社組織」と見なすなら「日本と言う国の取締役会」に相当する「国会」そして取締役会メンバーである「国会議員の先生方」更に会社の動きを的確に報せ続ける「社内報」?の役割を持つと思う「マスコミ報道の内容と報道の仕方」に大きな原因があるのではと感じ続けています。

 

★そしてその想いは段々と「強く」なってきてもいます。

★1年を超えてしまった「コロナ禍への対応」そして
1億2548万人の「日本人の心」に365日毎日毎日、眼にし耳にし教えられインプットされ・・・心にいつの間にか浸透そして蓄積されてきてしまっているコロナ禍に対する国会の動き、やりとりそして報道内容と報道(の仕方)今の日本を「楽しくしていない」、  「楽しくない国日本」にしているのでは・・・・と思うのです。

           

                               挿絵は田中拓馬画伯 画

「国会マスコミ報道に対して・・・感じていることを書いてみます。

★ブログゆえ、文字になっているはあくまで「私の想い」であることをあらかじめ記させていただきます。

 

●先ずは「国会」

 

①国会そして国会議員の先生みなさまへ

   「国会」も「日本」と言う大きな組織の中の「一つの組織」。

   「組織のあたりまえ」それは「助け助けられ

   足の引っ張り合いは組織に置いてはあり得ません!!

   あってはならないことです。

 

国会は、私なりの表現で「その存在意味」を単純に表現すると

「日本と言う国の明日創造のために何が必要なのかを議論し決定していく場」である、こんな表現になります。

 

日本国と言う大きな「組織」の中にある、この国会という「組織」の「構成員」「組織人」が「日本国と言う一番大きな組織人=国民によって選ばれた「国会議員の先生ひとり一人

 

★先に記した「国会の存在意味」「国会の目的」(ただし、私の想いです。重ねて念のため)からしますと
ひとり一人の国会議員の先生方は「日本をこんな「楽しい国」にしていきたい」の「想い」を持っていることが「大前提」になると思います。

 

★そして国会と言う場で、その「想い」をぶつけ合って「より大きな国会と言う「組織」の想い」に拡大していくのだと単純におもうのです。

いろんな考え「想い」があっていい、単純にそうも思います。

 

★でも・・・・「国会議員の先生方は「国会」と言う「組織」の一員」なですから 組織人としての「あたりまえ」」の「こうどう(考え動く)」をとっていただくことがものすごく単純に必要 、そう思います。

 

国会」と言う「組織」で「決議された後」は「俺は〇〇党」・・・「政党」なんて肩書みなさん捨ててください。

 

組織人としての「あたりまえ」の動き」「組織のあたりまえ」国会議員の先生方、お一人お一人に心からお願いしたいと思います。

 

●決定、決議されるまでは様々な観点からいろいろな意見・想いを提示して「こうしたら」「ああしたら」を議論し続けてください。

 

★ただし!!!!「組織として「決定」「決議」されたのであれば所属政党なんて関係なく「決議されたことの実現のために一人一人が身体と頭そして心にたくさんの汗をかく」。

これが「組織のあたりまえ」「組織人としてのあたりまえ」なのでは・・・私はそう思います。

 

★仮に、「決議されたことに対してどうしてもその実現のための動きが自分の信念としてできない」、そんな状況にあるのなら組織人として「その組織を脱する」「辞める」と言う動きになるのではないでしょうか。

 

会社組織で「たくさんの人たちが動いていることに対して一緒に汗かくのではなく、批判だけして自分は何もしない」そんな人がその会社組織に居続けることはできません。居られない、のです。

 

あたりまえ、だと思うのですがどうでしょうか。

 

★それとも「国会は別」??

 

  ・「国会議員のひとり一人、全員の国会議員がその共有された 

   日本と言う国の未来シナリオ・明日シナリオ」を共有して「こう

   どう(考え動く)する」こと

 

  ・組織なのだから「決定するまでは様々な観点からの議論が

   あっていい、あって然るべき」

 

    ただし!!!!

 

     ・組織として決定されたのなら「自分は反対だ」で行動しない

    なんてことはあり得ない、それは「組織人」ではない。
    どうしたら自分がその動きをサポートしていけるのかを考え

    そして動くこと、それができるのが「組織人」

 

●次に「マスコミ報道」。

 

②マスコミ・報道機関のみなさまへ。

報道スタンスを「明確」にした上で「報道」してください。

  ・日本をどんな国にしていきたいから、どんなスタンスで報道

   するのかを明示

  ・自社の「報道ものさし」の明確提示

 

  視聴率で競い合うのではなく

    日本を「楽しい素敵な国」にしていく日本人の心を明るく

    していく』ことは「共有して」競い合っていただきたい

   

 

コロナ感染報道・・・・毎日毎日、報道される毎に、ニュースに触れる度に楽しくなくなります。

「前向きになろう」と言う気持ちにさせる報道には残念ながらほとんど出会いません。

          

                             挿絵は田中拓馬画伯 画

 

●毎日毎時・・・・どうして「悪い状況」を探しだして?創り出して?報道するのでしょうか。

 

  過去最大、前1週間と比べると・・・・・・今のほとんどのマスコミの報道に触れると「ヤバイ」「怖い」「今までの動きが効果出していない」・・・・か、と言って「こんな新しい動きを」はほぼなく「コロナ禍ヤバイ」「コロナ怖い」・・・・・・日本国民の心を「煽っている」どこへなのか分からないが「扇動されているそんな気がしてなりません。

         テレビ・新聞・ラジオ、週刊誌・・・。

 

明日に向けて『その気にさせる』」報道ではない、のです。むしろ「逆」。

 

●先の「国会」のところでも記しましたが「足をひっぱっている」そんな気もしてきてしまいます。

「目指す日本」形成に向けて日本国民ひとり一人を「その気に」「やる気」にしてくれる報道内容と報道方法ではない、のです。私はそう感じています。
 

国会マスコミも・・・・

「日本の楽しい明日」構築のために、では同じ動きになって欲しいそう思います。

そのために・・・・「助け助けられ」・・・。

          足の引っ張り合いではありません。

 

●ここのところ「文春砲」と言う言葉が命を持ち始めてきています。

なぜ・・・文春さんがつかめる情報を国会が、国の機関が「自分で」つかめないのでしょうか。

単純です。

   問題視していないから調査もしないし確認もしない・・・。

 

●そして今の社会での動き・・・大変に妙な例えで恐縮なのですが「物陰に隠れて、一時停止違反やスビート違反をとりしまる」、現実にある警察の交通違反取締りの動きに似ているような気がしてなりません。(ネズミ捕り・・・・)

 

●警察の「本来の目的」は「検挙する」ことではなく「交通事故をおこさせないこと」。
私はそう思うのです。そのひとつの手段として「違反検挙」の動きがある。
だとしたら
 「隠れて」ではなく「違反が・・。起きそう」「事故がおきそう」な所で「警察官の姿」をしっかりと見えるところに配置すれば「スビート違反」も「信号無視」も「一時停止違反」も、そして「交通事故」自体も『事前にストップ』できる のではないのでしょうか。

 

「違反を起こすのを「待っている」」。
そんな、こんな動きから早く脱して欲しい、いつもそう感じています。

 

●妙な例えからで恐縮ですが、同じ想いを報道に対しても・・・。

 

●スクープ争いがあるから・・・いろいろな理由はあるとは思うものの「楽しい素敵な国、日本」を形成していくためには今のマスコミ報道の状況を変えていく動きも必要なのでは?

併せて前記しましたが「文春さん以前にヤバイ状況・まずい事実」を当事者(国会・役所・・・国会議員・・・会社・・)が「どうしたら自分で感知できるのか」、「どうしたらそんな動きを起こさせないようにできるのか」を「それぞれが考えて考えたら策を現実にしていく」動きをとるのが一番早い、私はそう思うのです・・・。
 
文春砲不要な世の中に、ですね。

 

●別の言い方をすると「各々が新しい動き方をきちんとしていくこと」「自分で自己洗浄していく」ことで「文春砲」さんの存在がいらなくなる状況にしていけばいいのに・・そう思います。

 

★これは「リスクマネジメント」「組織マネジメントそのものなのです。

 

●「違反を待っている」。そしてその「違反」についてあれこれと何回も何回も言葉を変えて指摘し続ける・・・・マスコミ報道だけでなく、いろんなところでそんな動きになりつつある・・・・

そして・・・・誰も大きな声にしないから、だから・・・・結果として日本が楽しくなくなってきている」のかも・・・そんな気もしています。

●楽しい素敵な「日本」、素敵な楽しい「優しい日本人」としていくために・・・国会議員の先生方そしてマスコミ各社更にひとり一人の日本人、「みんなの」「想いの変革」が要るのでは・・・抽象的ですが、そんな想いも感じています。

        
                             挿絵は田中拓馬画伯 画


嫌な状況を変えていくために必要なこと、それはひとり一人が「ああしたい」「こうありたい」を心に描き、それを集めて「ひとつの明日へのシナリオ」を描き、共有し、同時に一人一人がそのための変革当事者となること。反省を含めながら、新しい年度が始まった2021年4月、改めてそう思っています。

 

       今回も最終行にまでお眼をすすめていただきまして

                 ありがとうございます。

 

      苦しい状態、しんどい状態、嫌な状態が長く続く

             沢山の人たちに強いる・・・・

  そんな時、経営に携わらせてもらっていた時に私が行ったことがあります

                  それは

    「今の苦しさ、しんどさ、辛さの向こうに何があるのか」

      「今のしんどさ、苦しさそして辛さは何のため」

   それをなるべく具体的に何度も何度も語り、自ら率先して動き

             そしてみんなに共有してもらう・・・

            そんな動きをずっとやっていました。

 

      にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ 入道(入村道夫)

 

<<ブログ 316>>

 

各社「新年度計画確定時期」に巻き起こったコロナ禍での株高 

   バブル期以来「30年ぶりの日経平均3万円突破

そして菅首相長男問題みずほシステム障害から想うこと

 経営計画と同時にリスクマネジメントをしっかりと

    私の想う「リスクマネジメント」

        ~変わらない私の想い~    by  入道

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

            今回も秋葉原を基地として世界への羽ばたきをされている

                私とちょっとだけ?歳の離れた友達

   画家の田中拓馬さんがご厚意で素敵な挿絵を画いてくださいました。

             拓馬さん、ありがとうございます。

田中拓馬さんのオフィシャルウェブサイトを訪ねていただければと思います。

                     http://tanakatakuma.com

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・3月決算を迎える会社の多くが「新年度」で発表するための「年度計画」を固めようとしていた時期、そして・・・私の6回目の「干支誕生日」の前日、2021年2月15日に株価、日経平均株価は「3万円」を超えました。日経平均株価が「3万円」を超えたのは何と「30年半ぶり」だとか・・。
 

・ちなみに同じコロナ禍状況で学校の一斉休校を始めていた昨年の3月18日の日経平均株価は「16,358円」でした。

一年前と比べて何が「良くなっているのか」、単純「景気は大幅に改善」されているのか・・・

・なんで「コロナ対応」が継続している中で昨年来、「株価」だけは上昇し続けているのか?

 

・株価3万円突破と同じ2月15日に発表された前年「2020年の一年間の実質GNPの伸び率」は「▲4.8%」こちらは「11年ぶりのマイナス4.8%」なのに・・・・・。

・不思議でなりませんが今回のブログは「株価は適正なのか」を書くのが目的ではないので、ここらで株価に関しての記載は止めておきたいと思います。

 

●上記のような上昇している株価状況の中で、年度末3月決算を迎える多くの会社では「新年度の経営計画『確定』」の時期に入っております。

 

●会社所属で社長を務めさせていただいていた時期、私は「新年度計画」策定の動きと連動しながらいつも「別の一つの動き」を私を含む少人数で行っていました。

 

新年度計画は会社の仲間のみなさんと一緒に策定していましたが、上記の「別の1つの動き」は「私一人ないし極少人数で」行っていました。

 

★そこで「やっていた動き」、それを言葉でまとめてしまうとリスクマネジメントになります。    

           
                              挿絵は田中拓馬画伯 画

 

具体的には・・・

 

★新しい一年で自分たちが困る、自分たちにとって起きては困る、自分たちにとって起きたら嫌な状況」

もっと分かりやすく言えば計画が達成できなくなる会社にとってマイナスな状況」を「自ら考え」、考えたら次に「その状況になったら自分たちはどんな動きをしたらいいのか」をできうる限りたくさん考えて、

それぞれに対する「対応策」をきちんと考え、網羅しておく
これが私のリスクマネジメントの具体的な動きです。

 

「リスクマネジメントを「私なりに」表現するといくつかありますが、次のようになります。

★私の想うリスクマネジメントとは・・・
リスクマネジメントを「私なりに」表現すると・・

 

  ◆ 「想定外を極力少なくしていく動き」

    =「できうる限り想定内にしていく動き」 

   自分たちにとって「都合の良くない事態」をたくさん想定し

   想定した「嫌な都合の良くない事態」一つひとつに対して

   もし「そんな「事態」になったら自分たちは「どんな動き」を

   するのか」をしっかりと考え、具体的な行動策(アクション

   プログラム)まで考えておく

    そしてそれをきちんと自分で記録して記憶しておくこと

   そうすれば 、仮に嫌な事態になったって

   全て想定内のこと」になるのですから。

 

  ◆そのために必要なのは

    ・仮説・・起きては嫌な状態、嫌なこと・・・この状況を「どれだけた

     くさん想定できるか」にかかってきます。

    ・この動きをこれも私なりの表現にしますとこうなります。

      「TIINKは悲観的に、そしてACTIONは楽観的に

          徹底的に悲観的に想定し、楽観的に動く

 

    ・想定内のことにしてしまえば、その時の対応はTHINKの時に

     考えているので、その動き、ACTIONをしていけばいい、ので

     す。

            
                             挿絵は田中拓馬画伯 画

 

  ★悲観的に考え想定した状況にならなければ「ラッキー」だけ

    になります。

●いつも会社の年度計画と
  で「当該期に起こりうる自分たちにとって嫌な不快な状況」をたくさん想定して、その想定した「嫌な状況なったらどんな動きをしたらいいのか」を「具体的な行動レベル」まで落とし込んで「たくさんたくさん」の「万が一の時のアクションプログラム」としてまとめておくこんな動きをしていました。

 

●はるか昔・・もう51年前、私が21歳の頃に学んだコンピュータプログラミング
 この中にあった「プログラミング組み立てワード命令文」が私は大好きで今でもことある毎に使い続けており、そしてそれが前記してきた「私のリスクマネジメント」にもつながっています

 

●それは

  IF 〇〇〇〇、THEN GO TO ◎◎◎◎◎

 

  「もし○○〇〇の状況になったら、その時には◎◎◎◎◎へ行け」との命令文なります。

 例えば、もし「イコール」にならなかったら、その時にはもう一度前の指示のところに戻れ・・こんな使い方になります。

 

●どうでしょうか!!

  何も問題なければ、そのままどんどん進んでいきます。でも「あるところで」「想定と違う」状況になった時には「どうするのか」をプログラムの中にしっかりと入れ込んでおくのです。
 

極論、「ERROR」表示をする、これだけでもいいのです。

ERROR表示が出たら「やり直してください」これだけでもいいのです。EROORのまま先に進めること、これが一番「危険」「やってはいけないこと」なのですから。大切なのはダメですよ、ERRORですよ」と感じること、教えることなのです。

 

★いかがでしょうか。

リスクマネジメントそのもの」だと思われませんか。

 

★21歳の当時は「リスクマネジメント」なんてことからは全く発想していませんでしたが、完ぺきに「私のリスクマネジメント」の考え方の土台になっています。

          
                            挿絵は田中拓馬画伯 画

●コンピュータ、いろんな人が使いますので、どんな人がどんな使い方をしても「正しい方向に進めるようにしていく『道標』、それが「プログラミング」なのかなともずっと想い続けています。

企業におけるリスクマネジメントは「嫌な状況そしてあっては困るマイナス事態をも想定した経営プログロムそんな言い方もできるかも知れません。


   IF(想定した嫌な状態A)になったら、THEN(その時には) 

       GO TO(あらかじめ考えてあるこの動きをしなさい)

 

●だから・・・・・嫌なやりたくい動きなのですけれども
「自分たちにとって嫌なマイナス」となるのはどのような状態なのか、どうなったら嫌、マイナスになるのかを徹底的に想定し、想定した事象に対して起こりえるだろう順に「そうなったら自分たちはどんな動きをしていくのか」を具体的なアクションプログラムにまで落としこんで用意しておく。
 この動きが私の想うそしてずっとやり続けてきたリスクマネジメントです。

 

★「ことが起きてから〇〇対策委員を設置してそこで考える」

   これはリスクマネジメントではありません。断言いたします。

「その場しのぎ」「時間稼ぎ」でしかなく事態をより「悪く」させてしまいます。

 

 

★繰り返しをして結びたいと思います。

 

         THINK(考え)は徹底的に悲観的にし

         もしその悲観的な状況になったら

      どんな動きをしていくのかを徹底的に考え

    考えたら次にその嫌な状況一つひとつに対して

具体的なアクションプログラム(いつ、だれが、何を、どこで、・・)に

              落としこんでおく

         そこまでやっておけば大丈夫

   仮にことが起こっても大半が「想定内」となるのだから

                だから 

       ACTION(行動)は楽観的に 

 

★そして・・・私に気づきを与えてくれたIF・・THEN GOTO・・・・」日本語私なりに表現するとたくさんのチェックポイントを自ら設定する動き」となります。

 

いちど、動きだしたからずっと・・・なのではなく例えば月に一度とか半月に一度とか「立ち止まってこのまま進めていっていいのか、やり方を変えた方がいいのか、ストップをかけるのか・・」、次へのアクションのための「チェックポイント」を、できるだけ「たくさん設定」していくことそう思います。

 

 ★これが私の想うそして実際にやってきたリスクマネジメントへのこうどう(考動=考え動く)です。

      今回も最終行にまでお眼をすすめていただきまして

              ありがとうございます。

      沢山のたくさんの本が発行されているリスクマネジメント
         私の想いを改めてひとことで言ってしまうと

              リスクマネジメントとは
      「負の状況、マイナスの状況になつた時の事前準備」
                こうなります。

 

      各社、各人、目指しているところ、そして動き方も

     みんな異なるのですから、回答は企業の数だけある

             人の数だけある・・・・・

     それがリスクマネジメンだと改めて感じています。

                ありがとうございます。

        にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ 入道(入村道夫)

<<ブログ 315>>

 

 いつも私のブログに訪問していただきましてありがとうございます。

 

●このたび、300回を超える更新をしてきました私のブログ投稿を整理したり新しく付け加えたりして「働くこと 経営することそして生きること」のタイトルで1月25日発売で出版させていただきました。

 

           

 

              👆

●上の表紙の素敵な優しい絵はいつも私のブログにご厚意で挿絵を画いてくださっている私のちょっと歳の離れた友達、画家の田中拓馬さんが新しく画いてくださいました。また本文にも挿絵の利用をご了承いただきました。拓馬さん、ありがとうございます。

 

●私のブログの書籍化・・これまでもいくつか誘いがありましたがその度に「私には・・」「今はまだ・・」とお断りをさせていだいておりました。
 

★今回、そんな私の心の扉?を開いてくれたのが本書の出版社であるアトリエ椿納言の本多美也子さん


★私のリクルート時代、かつて一緒に働いていた仲間。その本多さんから出版コードを取得したのでアトリエ椿納言の第2冊目として「オール元リクルートで本を出しませんか」との声掛けをいただきました。
 

★声掛けいただいたこの時期・・私が6年前の肺がんに続いて大腸がんの手術を受けて(令和1年5月~12月)、改めて自分の「終活」を本気で考えていた時と重なり、本多さんの「著者・出版社・印刷所、全て元リクルートの結集(私・本多さんそして印刷はフロンティア・クリエイションの濱田貴弘さん)で一冊の本を」の声掛けに私の心が反応いたしました。 

 

★そして・・アトリエ椿納言さんの発刊第1冊目が奈良の「丹生川上神社下社」の宮司、皆見元久さん「心の荷物をおろす場所」、この神社さんの所在地の昔の呼称がなんと丹生村 にうむら・にゅうむら」。

            
 

 

★そうなのです、かな書きですと私の姓と一致する、のです。ものすごいものすごい「縁」を感じました、そして心を決めた、改めてそう思います。

 

●よろしければ、これまでの私のブログ投稿の集大成としてご一読いただければ幸いです。

 

●コロナ感染の勢いが止まりませんが、マスコミの過剰報道情報に踊らされることなく、しっかりと対策をとっていただき工夫を重ねて楽しい素敵な1日を重ね続けていただけたら、と思います。

 

 

           6回目の「干支誕生日」をむかえる2月を目前に

                にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ

                      入村 道夫    

なお、本は・・・・・

    ☆インターネット: BASEネットショプアトリエ椿納言   

        https://tsubakinagon.thebase.in

            又はAmazonにて購入ができます           

<<ブログ 314>>

 

             やめませんか   

  「煽り報道」そして「手のひら返し報道」

             マスコミのみなさまへ

         「事実」のみを伝えませんか

  もし「事実と断言できない『私見』を報道する』のであれば

自らの「立場」「考え方」を明確に提示してから「報道」してください

 「批判」すればいい、このスタンスは絶対に止めていただきたい

                そして

         「ワイドショー」やめませんか

                ~私の想い~           by  入道

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      今回も秋葉原を基地として世界に向けての羽ばたきをされておられる

          私とちょっとだけ?歳の離れた友達、画家の田中宅様さんが

                 ご厚意で素敵な挿絵を画いてくださいました。

                         拓馬さん、ありがとうございます。

          田中拓馬さんのショップを訪ねていただければ、と思います。

                http://tanakatakuma.com/

                    https://ttakima.thebace.in/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

●コロナ禍の状況で初めて迎えている年末年始。

 

●寒さが厳しくなるのに連動して感染の勢いを増してきているコロナ。

感染第三波・・・その状況の中で新聞・テレビ・ラジオ・・週刊誌・・昨今の報道の仕方、報道各社の「報道姿勢」がとってもとっても気になってきています。

                   

                           挿絵は田中拓馬画伯 画

 

●その私の想いを記していくまえに今回は「こうして欲しい」の私の勝手な「想い」を先に箇条書き的に記したいと思います。

 

      「7つのこうして欲しい」(順不同)

★感染者数等コロナに関する報道はテレビ・ラジオ共に「番組表の『ニュース』の時間」のみとする。(一日のどこでテレビをつけてもコロナコロナそしてコロナ・・・これでいいのでしょうか。世の中はコロナだけなのです?)

 

★報道する時は、人の心を煽るような言動を、そして表情をすることなく「事実のみ」を伝える。

   責任をとらない勝手なI Think So」はいらない

 

★報道する前に自分たちの報道姿勢を明確に伝える
(現政権は嫌いです、変えた方がいい、これが私たちの姿勢ですetc etc)

 

★テレビの「ワイドショー」ではコロナに関することは事実を伝えるだけで勝手なコメントはつけない。

 

報道したことに全く責任をとらない「ワイドショー」は止める

 

アナウンサーでなく「私見」も言う(ニュース)キャスターは必要なのでしょうか。ニュースを伝えるのはアナウンサーとしませんか。

 

出てはいなくなりまた新しい人が登場の「専門家」は本当に「専門家」にして、異なる意見の専門家と対にして報道する等で「報道の客観性」を確保する。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

●上の「想い」に至ったのは昨今のGoTo」に関する取り上げ方。

 

◆コロナ感染が増えている状況で、多くのマスコミは「なんで菅さんは、政府はGoToを停止させないのか」との報道を続けていましたが、菅首相が「GoTo一時停止」を発表すると、その瞬間から今度は「GoToを停止するとこんなマイナスがある」「なんで停止するのか」とこれまでの自分たちの報道し続けてきた「言葉」と真逆の言葉を平気で使っている・・・・・。

 

◆まさに「手のひら返し」報道を平気でしているのです。これが日本の報道の一面なのです。

           

                           挿絵は田中拓馬画伯 画

 

◆なんでなのでしょうか?

◆寂しい、そして悲しいことなのですが
国民の心の「想い」に大きな影響を与える報道なのに、いまの日本の報道の多くが・・・・「批判する」ことが自分たちの仕事であって「誉めること、認めること」は自分たちの仕事ではない、国民の心を煽る伝え方をする・・これが報道のスタンス、「報道姿勢」なのだと感じてなりません。
 

◆違う言い方をしてみると・・・・「批判すること」を「目的」として「報道」している、そう想うのです。そう感じるのです。

 

◆結果としてなのかも知れませんが国民を「煽っている」のです。

★視聴者・・・
一人一人の人たちが「自分で判断できるように『事実』だけを報せていく」これが報道のあるべき姿勢なのでは、と思うのですがいかがでしょうか。
 

「報道」は決して「押しつけ」ではない「押しつけ」であってはいけない、そう想います。

 

★勝手な「解釈」を世の中に発信してはいけない、もし発信するのであれば「冒頭」あるいは放送中も「現在放送している内容は正しいと保証できるものではありません」「どうか自己責任でご覧ください」等々のテロップを流しつづけていくべきなのでは・・。

 

●特にワイドショー番組で強く感じますが、今はNHK(受信料を取っている公共放送)番組も含めてワイドショーを意識してのことなのか?事実報道の後に、場合によっては事実報道よりも長い時間「・・・と思います」「・・・としていただきたいと思います」「・・・どうなのでしょうか」等々、ワイドショーと比べれば「柔らかな表現」ではありますが、「事実」と断言することのできないも言ってみれば「私見」(局見?社見?)を全国に発信している、させているのです。

            

                          挿絵は田中拓馬画伯 画

 

「報道の自由」あるいは「表現の自由」があるんだからいいじゃないか、と言われるかもしれません。

 

●でも、個人が物を書くとか、発言するとかの自由とテレビ・ラジオ・新聞、週刊誌と言ったいわゆる「マスコミ」の自由とは異なる、そう感じます。

 

個人が・・・の場合には「私はそう想う」「私はそう考えている」がある意味自然についてきている、そう想うのですが、マスコミの場合は「これから放送することは私たちの考えることであり、場合によっては偏っているかも知れません」なんてコメントは全くなく、ある意味で視聴者が選択することなく一方的に情報を流されてしまっているのです。

 

「自由」・・・前提があるのでと私はおもうのです。なんでもかんでも「やっていい」、ことではないと思います。

 

「前提」それは「他人の心身を傷つけない」「人間としての「常識」から脱しない」「自己利益のためのものだけであってはいけない」等など、人間が社会で生きていくのことの「前提」と同じなのではないでしょうか。

 

★私たちは「社会」で「たくさんの人たちと一緒に」生きている、この「事実」から逸脱してはいけないと強く思っています。

 

★「報道」。報道は「報せ導く」

となると絶対に必要なのは「どこにこうとしてせているのか」「どこにく意志を持ってせているのか」となります。

 

★ここを明確に社会のひとり一人に報せ、その上でニュースを報せていきませんか。お願いいたします。

 

       今回も最終行にまでお眼をすすめていただきまして

                ありがとうございます。

 

     菅総理、菅内閣への支持率がものすごく落ちてきています

     GoToコロナ対応、さくらを見る会、献金問題等々ありますが

      やはり連日連夜のマスコミ報道が大きく影響していると

                 単純に感じます。

   「どんな姿勢」「どんな想い」で「報道していくのか」「報道するのか」
       やはり報道各社はその「姿勢」を明らかにしてから

        報道して欲しい・・・正直に改めてそう思います。

 

                            ありがとうございます

            にんげん・しあわせ・ゆめ・こころ      入道(入村道夫)